猫カフェで癒やされる

猛暑が過ぎるのを待って、先日

初めて猫カフェに行ってきました。

 

2時間1500円でワンドリンクと

猫のおやつワンカップ付き。

2時間も居るかな?と思ったけど

猫を眺めたり、写真を撮ったり

あっという間に時間がたちました。

 

猫をなでてすっかり癒やされました。

猫は気持ち良さそうに目を細めていますが

気持ちいいのは猫だけではありません。

 

猫をなでながら

娘たちが赤ちゃんだった頃を

思い出していました。

猫のように柔らかな髪に頬ずりしたり

手で髪をなでつけたり・・・。

 

赤ちゃんを抱っこしながら

スキンシップを与えているようで

ぬくもりが必要だったのは

実は、自分自身。

 

今思えば

こどもを育てることで

自分でも気づいていない心の傷を癒やし

心の隙間を埋めてきているのでしょうね。

 

猫カフェ、はまりそうです。

遺品整理をしていたら

伯母の四十九日の法要は

伯母が住んでいた家で行いました。

 

わたしの母の実家で

年長児の私が預けられた

おばあちゃんちであり

喪主の5歳年上の従姉妹の

実家でもあります。

 

おばちゃんの

相続等の手続きや家の片付けなど

これから従姉妹はいろいろと大変です。

 

従姉妹が

「着物など遺品をもらってもらえるなら」

と言ってくれて

おばちゃんのタンスを覗かせてもらいました。

 

おばちゃんが働いていた時には

わたしと従姉妹に

着物を仕立てて送ってくれました。

わたしは20歳前後だったでしょうか。

 

「おばちゃんが年取ったら、(老後の世話を)頼むわな。」

と言われながら

自分の好みでもない着物をもらっても

正直、あんまり嬉しくなかったのでした。

 

もらった着物が高価な紬だと

母からは聞かされたのですが

その価値や良さが、わかりません。

 

ところが

後々、着付け教室に通い始めたわたしは

おばちゃんからもらった着物にも

袖を通すようになりました。

そのうちに

着心地の違いを感じるようになりました。

 

おばちゃんのタンスには

しつけのついたままの帯や着物があり

その中から

今のわたしがすぐに使えそうなものを

選ばせてもらいました。

 

そして

あちこちのタンスを覗いていたら

思いもしなかった懐かしいものが出てきました。

 

従姉妹のと、わたしのと、2つ。

こどもの時に買ってもらった羽子板です。

 

わたしのモノが残っているなんて・・・

 

・・・なんて言ったらいいのでしょうか

 

わたしがこの家に居た、

わたしの居場所だった、

そんな証しが見つかったようで

ほわんと嬉しい気持ちになったのでした。

 

喪中なんて関係ないや。

 

来年のお正月は

おばちゃんの着物を着て、羽子板を飾り

感謝の気持ちを表すことにする。

人生の最期を輝かせる

86歳の伯母が8月2日に亡くなり

四十九日の法要がありました。

 

私をディスった伯母の現在

書いているように

昨年6月に

おばちゃんに会いに行った時は

笑って話ができるくらい元気でした。

 

今年の6月には

おばちゃんの面倒をみている

5歳年上の従姉妹から

おばちゃんの体調が悪いと

連絡がありました。

 

7月に入ると食事が取れなくなり

お盆まで持たないかもということで

病院にお見舞いに行きました。

 

痩せて小さくなったおばちゃんは

スースーと寝息を立てていますが

呼びかけても反応がありません。

きっと、耳は聞こえているはず

と思って、耳元で声を掛けたり

手を握ったりしてきました。

 

そして、お見舞いの1週間後

おばちゃんは亡くなりました。

近親者に見守られての家族葬。

 

おばちゃんの家のお隣りの方が

参列してくださいました。

 

おばちゃんは

共働きしているお隣りの一番下の子の

子守をしてあげていたのです。

 

いつも

おばちゃんの口からこぼれ出たのは

 

「マーは・・・」

「マーが・・・」

「マーを・・・」

 

隣りの家の男の子「マーくん」の話。

おばちゃんの嬉しそうな顔が浮かんできます。

 

子守をしていたのは

定年退職したおばちゃんが故郷に帰って

まだまだ元気だった60〜70代の頃。

 

自分の孫のようにマーくんを可愛がり

こどものいなかったおばちゃんも

楽しい老後を過ごせたのでは

ないでしょうか。

 

そのマーくんは現在、看護師。

 

マーくんのお母さんは

お通夜にもお葬式にも出てくださり

誰よりも目を赤くしていた、その涙で

おばちゃんの人生の最期を輝かせ

見送ってくださいました。

 

本当に別れを惜しんでくれる人がいる

人生だったんだね。

心の声を聴くために

9月に入って少しずつ

秋の気配を感じるようになりました。

 

季節が変わらないのではないかと思ったくらい

厳しく暑かった今年の夏

新しい出逢いがいくつかありました。

 

心理学を学ぶ会に参加したり、

性格についての勉強を始めたり、

個人分析のために

カウンセリングに通いはじめたり。

 

傾聴の仕事を始めて1年。

「もっと、心の声を聴けるようになりたい」

という気持ちが

新しい出逢いにつながりました。

 

 

個人分析を受けようと思ったのは

 

人の話を聴くうえで

受容と共感の妨げになるような

無意識レベルの思い込みや枠を

取っ払いたい

 

というのがひとつ。

 

もうひとつは

 

自分の

コミュニケーションや言葉の癖、

感じ方や考え方の偏りなど

自分が気付いていない

自分自身について深く知りたい

 

からです。

 

誰にでも何かしら

心に歪みがあります。

 

多かれ少なかれ

生活や人間関係に問題を起こす素を

持っています。

 

また、勉強した内容や

感じたことをメモしていきます。

お金とは... by 次女

ひきだしを整理していたら

次女が書いたメモを見つけた。

算数の宿題の合間に書き記したのか。

計算していたら、何か降りてきたのか。

 

どうやら、こやつには

「お金のメンタルブロック」

がないようす。

 

羨ましい限りである。

次女の書いたメモ

愛する人とけっこんしきできるのも

カレカノにプレゼントできるのも

やっぱ金のおかげじゃん?

やっぱ金って...神じゃん?

未完了を遺さない逝き方

夫の祖父が亡くなる1年前。

まだ元気でしっかりしていたおじいちゃんは

3人の子どもに生前贈与をしました。

 

そして、孫である夫にも。

 

社会人大学院の学費に借りたお金を、

おじいちゃんは、夫への贈与として

返済中の残金を帳消しにしてくれた。

 

現金ではなく、

なぜそうしてくれたのか。

 

夫が現金をもらうと

子どもや他の孫からすると

公平でないからなのか、

夫の身内のことなので

本当のところは

私にはわからない。

 

だけど、私は勝手にこう思っている。

 

『きっと、おじいちゃんは

未完了の事柄を片付けておきたかったんだ』

 

借りた方の、

全額返せなかったという想いや

貸した方の、

返してもらえなかったという心残りは、

 

おじいちゃんが

亡くなってしまったら果たせない。

 

おじいちゃんは、遺言状を

何度か書き直していたらしい。

たぶん、生前贈与をした時に

最後の遺言状を用意したんだろな。

 

おじいちゃんの遺産は

遺言状に則って相続された。

 

身内を亡くした家族の心は

悲しい気持ちだけでなく

抑えていた気持ちや隠していた気持ち

いろんな感情で揺れ動く。

 

『きっと、おじいちゃんは

自分と家族の気持ちを整理して

心置きなく逝ったんだ』

 

やっぱり、私は勝手にそう思っている。

 

未完了を遺さない逝き方。

心残りを残さない生き方。

 

天晴れ!おじいちゃん。

おじいちゃん!ありがとう。

レアなおじいちゃん

93歳で亡くなった夫の祖父が

まだ現役の会社員時代に

仕事関係の人の家に夫婦で招かれ

おもてなしを受けた時の話。

 

こういう時って

お客さんに

遠慮しないで食べてもらうために

もてなす側は

食事やお酒を勧めますよね。

 

お客さんである、おじいちゃんは

 

「いやあ、そんな遠慮なさらんと

いっぱい召し上がってください」

 

と言って

 

招かれた家の主人に

料理やお酒を勧めたという。

 

おばあちゃんが恥ずかしかった

と言ってたのを聞きました。

 

そりゃそーだわ。

気持ちのいいお金の使い方

私は亡くなった夫の祖父が好きでした。

 

長女が赤ちゃんの頃、急に夫が

働きながら学校に行くことになり

その学費をおじいちゃんに

借りたことがありました。

孫からの借金の申し入れに

おじいちゃんは快く応じてくれました。

 

おじいちゃんの家に行く時には

少しづつ貯めたお金を封筒に入れて

手渡しで返済していました。

 

封筒には

借りた日付と金額が書かれていて

借金を返済すると、おじいちゃんは

返した日付を書き入れ

受け取りのハンコを押した封筒に

残りの金額を書いて返してくれました。

 

ごく当たり前のことかもしれませんが

 

相手が孫であっても、貸したお金は

ちゃんと返してもらう、返させる。

けじめをつける、つけさせる。

だけど?だから?

けして、貸し与えたことを恩に着せない。

 

この、お金に対する姿勢に

おじいちゃんの愛を感じました。

 

おじいちゃんをお手本にして

人を喜ばせ、人を幸せにする

気持ちのいいお金の使い方をしたい。

生き金を使う人になりたい。

 

私には、いわゆる

「お金のメンタルブロック」

がかかっていました。

 

私には、お金に対して

 

罪悪感を感じさせるもの

恩を着せられるもの

 

という否定的なイメージが

刷り込まれていて、長い間

お金に嫌悪感を感じていたので

お金が寄ってきてくれませんでしたね。

 

今はまだ、お金のお友達は

少ないですけど・・・^^;

 

母との関係で悩み苦しんだ中で

気付きと意識の変化があり

お金に対する気持ちが

変わりました。

 

お金には愛がこもっていると

思えるようになりました。

おじいちゃん伝説

夫の実家に行くと

一家の語り草になっている

亡くなった祖父のエピソードが

娘である義母から語られます。

 

そのひとつ、海外編。

 

40年くらい前でしょうか。

ヨーロッパに海外赴任した

娘家族を訪ねるために

飛行機に乗った

おじいちゃんとおばあちゃん。

 

ひとおじしないおじいちゃんは

トイレに立つたび、山口弁で

「あんたは、どこまで行くんかね?」

日本人乗客に話しかけて

乗客の職業や渡航の目的や

名前やらを聞き出したそうな。

 

到着までの20時間ほどのフライト時間で

乗客のほぼ全員の(盛りすぎ?)

個人情報を調べ上げた(笑)という話。

 

人の警戒心や緊張をとかしてしまう

人懐っこいキャラなんです。

 

もうひとつ。

 

ヨーロッパ観光で

娘夫婦とドイツのケルン大聖堂に行ったら

そこでも

日本人を見かけるたびに

声をかけ始めたおじいちゃん。

当時、ヨーロッパで日本人に合うのは

珍しかったから。

 

おじいちゃん

「あんたはー、ケルンにおるん?」って

声をかけたんだって。

 

これ、マジらしい。

生き金を使う

夫の祖父が

93歳で亡くなるまで

毎年お盆の時期は

おじいちゃんの家に

娘や息子の家族が集まる

恒例行事がありました。

 

みんなで夕飯を食べ終えたら

夏祭りに出掛けます。

 

おじいちゃんはいつも

ひ孫である私の娘たちに

おこづかいを渡してくれました。

 

おじいちゃんは

毎年の恒例行事や

人生の節目の行事で

子や孫、ひ孫が集まるのを

楽しみにしてくれていたんだな

と思います。

 

しかもしかも、

 

自分の卒寿祝いの会を

自ら主催する90歳って

すごくないですか?

 

開催予定日を決めて

子どもや孫に連絡をして

スケジュールを調整して

会場の案内をFAXで

各々に送ってたんですよ。

 

しかもしかも、

 

そのお祝いの席では

おじいちゃんが選んだ記念品が

贈られるだけでなく

おじいちゃんからご祝儀があるのです。

出席者全員に。

幼いひ孫に至るまで。

もれなく。

もちろん、

子や孫からもお金を出し合って

おじいちゃんやおばあちゃんに

お祝いの品を贈っているんだけど

それ以上になって返ってくる。

 

おじいちゃんが身内の集まる機会を

とても大切にしていることを感じ

また

その会に出席する身内のひとりとして

私も大切にされていると感じていました。

 

私は

気持ちのいいお金の使い方

おじいちゃんから学びました。