サンタさんへの手紙

クリスマスを控えた今の時期

我が家のこどもたちはサンタさんに手紙を書きます。

 

サンタさんに自分の欲しいものを知らせるためですが

あわてんぼうのサンタさんでも間違えないように

欲しいものの写真の添付はもちろんのこと

値段や色、サイズ、商品番号まで書いて

なかった場合の代替品まで記入してます。

人気商品は品切れも予測されるというので・・・。

 

去年、小4だった次女が

「今年は欲しいものがないから、私の代わりにママがプレゼント頼んでいいよ」

と、信じられない?!優しいことを言ってくれました。

 

サンタさんからプレゼントを

1度ももらったことがない母を思ってのことです。

 

本当にいいのか、何回も確かめました。

次女の思いを受けとり

去年はわたしからサンタさんへお手紙を書きました。

 

以下、写メで残していた手紙の中身です。

ハズッ(。>﹏<。)

 


サンタクロース様

 

毎年こども達に素敵なプレゼントを送っていただき

ありがとうございます。

 

今年は下の娘の〇〇〇が

「ママは欲しい物ある?もしあったらサンタさんに頼んでみたら?」

と言ってくれました。

 

実はわたし、1度もサンタさんから

プレゼントをもらったことがありません。

 

わたしの母からは

「うちには煙突がないからサンタは来ない」

と言われてきました。

 

けれど、もしかして・・・と

イブの夜に靴下を下げて寝たこともあります。

でも、プレゼントは入っていませんでした。

 

こどものわたしが

サンタクロースを信じていたのか?

信じていなかったのか?

1度もサンタクロースが来なくて

どんな気持ちだったのか?

もう思い出すことが出来ません。

 

でも、今こうして手紙を書いているのは

期待することさえ禁じられて

満たされない気持ちのままの

こどものわたしがいるからかな?

 

なので今年○才ですが(笑)

サンタさんにプレゼントをお願いします。

よろしくお願いします。

 

最後に欲しかった室内履きの写真を入れました。


 

そしたら、クリスマス直前になって

「ママー、ごめーん。やっぱりプレゼントほしいー!!」

と、次女が手紙を書き始めました。

 

や・っ・ぱ・り・なっ(;一_一)

自己犠牲で満たされるようなヤツではなかった。

小5にしてコレ→高飛車なオンナだもんねえ(笑)

「書きたい」気持ち

はじめましてからブログを始めて半年たちました。

3日以上続きましたよ、よしよし。   

ブログを書くことが生活に定着した感じです。

 

「書きたい」と思ったことを書けるときに書いているので

続けられているのかな。

 

「書きたい」気持ちに理由はいらないのかもしれませんが

わたしが「書きたい」のは、なんでだろうか?

ちょっと考えてみました。

 

わたしのブログ記事というのは

過去現在の実際にあった話で

1度は誰かに話したことのある内容なのですが

 

まだ、人に聴いてほしい気持ちが解消されていないのか、

また、幼少期から現在にいたる自分を客観視したいのか、

また、母について書き綴ることで性懲りもなく母に執着しているのか?とも思え、

また、自分の執着のせいで娘たちを傷つけたことを釈明したいのでは・・・

 

など、いろんな思いが「書きたい」気持ちに混じっているような。

 

わたしにとって、ブログを書くことは

 

自分を見つめる作業であり、

人に自分を知ってもらうためであり、

仕事や出会いにつなぐためであり、

アイディアや決意、思い出を記録するためであり、

自分史、家族史作りになる・・・

 

など、いろんな目的や意味があるのかもしれません。

 

また、ただの自己顕示、承認欲求だけかも?という気もしています。

 

だって、読んでくださる方がいるから続けられたんですよ。

たったひとりで文章を書いているだけでは無理だったと思います。

 

この画面を見てくださっているあなたへ

『わたしにあるもんで。』をお読みいただきありがとうございます。

これからも「書きたい」気持ちのおもむくままに綴っていきますが、

あらためてよろしくお願いいたしますm(_ _)m

困難に直面している目の前の人をどうやって支える?

傾聴の目的は

「支える」「寄り添う」「そのままを受け止める」

よき理解者になろうとすること。

傾聴一日講座で学びました。

 

後日、自分の中で

「支える」と「寄り添う」の言葉が噛み合わないなあと思いました。

 

聴く人が楽になる傾聴を学びに行ってきたのですが

「支える」を私がイメージすると、

なんだかすごく力を必要とする映像が浮かんできます・・・

 

転ばぬ先の杖。つっぱり棒。コートにネットを張る支柱。

・・・なぜか棒状のものばかり。イメージ、貧困じゃね?(ー_ー;)

 

力で支えるのは、なんだかしんどい感じです。

 

「支える」という言葉が持つイメージは他にもあるでしょう。

・・・支えになるのは棒だけではないはず(ー_ー;)

 

傾聴の目的に対してだけでなく、

言葉から感じられるイメージを広げてみようと思ったのでした。

世界に一匹だけのライオン

保育園の秋の作品展。

次女は2歳。

担任の先生が

とっても申し訳なさそうに

おっしゃいました。

 

「子どもたちには、

ライオンの目を貼るのを

やってもらったんですが、

〇〇ちゃん、何度聞いても  

ここに貼るって言われて・・・

すいません⤵」

 

先生、なんで謝るんだろーね。 

オンリーワンのカエル!?やん。

 

耳に目があるカエルみたいなライオンの絵

一期一会

「思い立ったらすぐ行動しちゃうのよ、私!」

ある70代女性の言葉です。

 

こどもの通う塾の前にクリーニング店があり

去年の今頃、初めてその店を利用したときのことです。

 

その店は

クリーニングと洋服のお直しのほかに

着物のリフォームもやっていて

着物地で作られたチュニックやワンピースが

吊ってありました。

 

塾への送迎時に、店の張り紙に気付きました。

「年末でクリーニング店を閉店するため、業務を引き継いでくれる人を急募」

という内容でした。

 

ちょうどその時

こどもの塾代が家計を圧迫し始めていて

また

夫の健康に不安を感じていた時でした。

わたしは

外に働きに行く自信はないけど

今後収入を増やすために何か考えた方がいいかなと

思い始めていました。

 

フランチャイズのクリーニング店を

自宅で開業する方法もあるんだなあ。。。

 

仕上がり品を受け取りに行って

「お店閉めるんですか?」

と、70代女性の店主にお聞きすると

来年から業務がコンピューター入力になるのが負担で

やめることにしたとのこと。

 

「あなた、やらない?」と聞かれながら

ざっくばらんにいろいろとお話してくださったのです。

 

自宅敷地内のお店は

店主ひとりで切り盛りしていて

クリーニング店を始めたきっかけから

実際に始めてみたら大変だったこと

店を閉めたら工房にしたいと思っていること

着物のリフォームへの思いなど

話に花が咲きます。

 

で、お話を聴いていてわたしが反応してしまった言葉が

「思い立ったらすぐ行動しちゃうのよ、私!」

です。

 

乳児を抱えて店を始め、保育園に預けることになり

周囲の人に協力してもらいつつ、夫の手は借りずに

長年続けてこられたようです。

その長年のうちに独学で洋裁の技術を身につけたとか。

 

やる時もやめる時も即決する潔さ。

環境や人のせいにしない、迷わない、後悔しない、自立した姿。

夢の実現に向けて行動するエネルギー。

 

ああ、わたしは、こんな人と付き合いたい。

今まで身近で

決して出会うことのなかった年上の憧れる女性。

今この人と出会ってるわたしはもしかして

この人に近づいているのかも。

なんとも感覚的ですが、そんな風に思いました。

 

服のリフォームについては

わざわざ材料を買うのではなく

あるものを工夫してどう活かすか

アイディアを出して工夫することに

至上の喜びを感じるっていうところで

あるもんで。のわたしとしては

ウンウンうなづきまくり意気投合しちゃって

「あなた、気が合いそうね!」

「工房が出来たら連絡するから電話番号教えて」

と言っていただき、番号を渡しました。

 

その後、工房は完成しても店主からの連絡はなく

一緒にお裁縫をするご縁ではなかったのだなと思いました。

 

わたしはわたしで、自分のやりたいことがみつかり

ゆっくりしたペースではありますが、行動を起こし

すこーしづつすこーしづつ形になってきました。

 

1年前のわたしとは違います。

今のわたしになるための出会いだったのかなと思います。

おこづかいを渡すことにした動機 3

本棚に潜むコンプレックス 第2位 の中で

おこづかいについて少し書きましたが、

幼児からおこづかいを渡すことにした動機が

3つあります。

 

みっつめ。 

 

自分のお金を使う喜びを早く知ってほしかったから、

です。

 

親が出していても、

おこづかいはこどものお金です。

 

わずかなお金をどう使うか、いろんな思いを巡らせ、

欲しいモノを手にすることで得られる喜びは、

誰かに簡単に、欲しいモノを買ってもらう喜びより、

深いと思っています。

 

もちろん、失敗もありました。

でも、自分のお金だからこそ失敗も学びになりました。

 

伝説的な失敗をへて、

娘たちは、それはそれはよく考えて

お金を使うようになりました。

 

買い物から帰ってくると、

何を、どこで、いくらで、買ったか。

比較した金額や商品の違い。

また、ソレを選んだ理由。

予算の範囲で自分の欲望と葛藤しながら、

妥協した点や譲れない自分のこだわりなど、

とうとうと語ってくれます(笑)

 

自分のお金は、

遠慮も気兼ねもなく自由に使えます。

 

気持ちのいいお金の使い方を知って、

自分でお金を稼げる人になってほしい。。。

 

そんなことを願っていました。

おこづかいを渡すことにした動機 2

本棚に潜むコンプレックス 第2位 の中で

おこづかいについて少し書きましたが、

幼児からおこづかいを渡すことにした動機が

3つあります。

 

ふたつめ。 

 

こどもの素直な欲望を受け容れられない

窮屈な自分から解放されたかったから、

です。

 

どういうことかと言うと、

 

わたしがこどもに何か買ってやろうとする時に、

わたしの価値観に合わないものや

好みでないものをこどもが選ぶと、

気持ちよくオッケーが出せないんです。

 

自分の意に沿うように誘導したり、

欲しいと思う気持ちそのものを否定したり、

こどもの気持ちを聴いてあげることが

全くできなかったんです。

そんな自分を嫌だなあと思っていました。

 

「買って!買って!」とねだるわけでなく、

こどもが、ただ単に「欲しいな」って言っただけで、

ものすごい嫌悪感を感じて抑えつけてました。

 

でも、欲しい気持ち、欲望をコントロールするのは、

母親のわたしじゃなくて、こども自身なんですよね。

 

お財布を別にすることで、

わたしは、こどもとの境界線を意識できるようになりました。

修学旅行の思い出

小学校は修学旅行の時期ですね。

自分の小6の修学旅行を思い出しました。

 

自分のことしか考えてない自分に

気付かされた出来事が2つあります。

今でも鮮明に覚えているので、

その頃のわたしにとっては、

心が激震することでした。

 

1つめは、行きの電車内でのこと。

 

貸し切り車両でクラスが盛り上がり、

歌え踊れの大騒ぎ。

当時流行のピンクレデイの振り真似を

わたしとYちゃんがすることに。

 

踊リ終えると同級生たちが、

おひねり?ご祝儀?というんですか、

芸を披露したわたしたち2人に

お菓子をくれるわけです。

 

わたしも、ある男子からお菓子をもらって、

ご機嫌で食べてたら、

「Yちゃんの分まで食べてしまったんやな」

と、ボソッと言われたんです。

 

小6女子、顔が熱くなりました。

 

え?そ、そういうことやったん?

そういうのって暗黙のルールがあるの?

 

脳内でつぶやくのが精一杯でした。

 

言い訳するなら、

わたしは一人っ子として育っているので、

お菓子を分けっこするという発想がありません。

また、人と協力して誰かの為に何かをして、

その報酬を分け合うという経験もなく、

そんな気の使い方を知らなかったのです。

 

でも、ものすごく自分に恥ずかしさを感じました。

 

それからもう1つ。

 

旅行後の同級生の書いた作文に驚きました。

家族のお土産に〇〇を買ったとか、

兄弟姉妹へのお土産を何にしようか迷ったとか、

修学旅行中にも家族のことを思っていたという内容にです。

 

わたしはといえば、母へお土産を買うことなど思いもつかず、

自分に何を買おうか考えて、ひたすら見て回っていたのでした。

 

家族思いの友達をえらいなと思い、

自分のモノを買うことしか考えていない自分を

やっぱり恥ずかしいと思いました。

 

この2つのエピソードは、

ジコチュウの自分に気付いた恥ずかしい思い出として、

わたしの中で分類されてきました。

 

でも、恥ずかしいという気持ちの陰に、

「何か、わたし、みんなと違う」

居心地の悪さみたいなものも感じていたような気がします。

 

直感的に、

「なんかわからんけど、わたし、このままだとマズイのでは」

と、心がザワザワ波打った感じがしました。

 

では、それはなんだったのか?

育ち?しつけ?環境?

 

いつまでも覚えてるわりに、はっきりしないまま。

おばちゃんになった今でも、周囲に配慮するのは苦手です(ー_ー;)

傾聴1日講座®基礎

ここ1週間、

エレファントカシマシの「悲しみの果て」

という曲を聴いていました。

https://www.uta-net.com/movie/2312/

 

さて先週、傾聴1日講座®基礎を受講してきました。 

https://keicho.aeruba.co.jp/seminor.php 

 

自分の傾聴レベルが、まだまだだという自覚はあっても、 

どうやって力をつけていったらいいのか、困っていました。 

 

改めて書籍を読んだり、ネットで情報を集めたりしてたんですが、 

岩松先生のメルマガを読んで、この講座に決めました。 

 

話し手の気持ちに対して、聴き手の気持ちで寄り添う傾聴。 

 

見えない技法を理解するには、 やはり実践あるのみ。

 ロールプレイで理論を体感できる講座内容でした。 

同感と共感についての説明もとてもわかりやすかったです。 

 

傾聴技法の基礎を固めながら、

わたし自身の課題に取り組んでいこうと思います。

 

遠藤先生、楽しい講座をありがとうございました。

https://ameblo.jp/raku-keityou/entry-12323198152.html

 

また、一緒に受講した方が良い方ばかりで、

別れるのが名残惜しかったです。

また会えたらいいな。

 

 

♪涙のあとには

 笑いがあるはずさ

 

 悲しみの果ては

 素晴らしい日々を

 送っていこうぜ oh yeah…♪

気になる♪木になる♪

家の裏に池があり、

雑草や樹木が生えていました。

 

3歳の長女は、

池に、ソーセージがなっていると

信じていました(^_^;)

 

ソーセージの木です。

植物の蒲の穂の写真