思い出に感情はともなっていますか?

あなたは、子どもの頃のこと、どのくらい覚えてますか?

 

私がカウンセリングを受けた時、

子どもの頃のことを聞かれ、思いつくままに話していました。

その都度、「その時どんな気持ちでしたか?」と聴かれましたが、

感情が思い起こせません。

「事柄はよく覚えてるのに、気持ちが出てこないですね」と、

カウンセラーさんが言いました。

そう言われて、私は、かなり幼い時から、

自分の気持ちを感じないようにしていたのかもしれないと思いました。

 

それに気が付いてから、

子どもの頃の記憶を思い出しては、

その時の自分の気持ちを想像し、仮説を立て、

自分自身に聴いて確かめるということをしました。

 

 例えば・・・・・

 私の記憶に、4、5歳の頃の出来事で、次のような思い出があります。

 

 幼い私が、「おんぶして」と手を伸ばしたら、

 母から「アンタみたいな重たい子、よう、おんぶせんわ!」と言われ、

 その差し出した手を払いのけられた・・・・・。

 

 後味悪く、いつまでも心の隅に残っていたのですが、

 やはり、その時の感情は出てこないのでした。

 

どんな風にしていたかというと・・・・・

一人芝居のように、

現在の私が、子どもの私に向かって、思い出したエピソードを語ります。

そして、「この時、どんな気持ちだったの?悲しかったの?」

と、問いかけ、自分の気持ちが動くか確かめます。

心がザワザワしたり、苦しくなったり、涙が出たり・・・

何かしらの変化が起きるか、様子をみます。

自分の気持ちが動いたならば、

「そう、手を振り払われて、そんなに悲しかったんだね」

と、子どもの私に共感してあげます。

繰り返し問いかけて、すっきりするまで、自分の感じた気持ちを言葉にします。

さらに、悲しみや怒りの気持ちが溢れてきたら、

子どもの私になって、泣いたり怒ったりして全身で表現します。

出てこれなかった自分の気持ち、出せなかった自分の感情を、

もう一度丁寧に感じきってみる、再現してみる・・・ということをやりました。

 

少しづつですが、長い間、溜まっていた感情がひとつひとつ解放されていきました。

 

母の離婚の理由

だいぶ薄れてきましたが、私の一番古い記憶です。

 

明るい日差しの中、3歳くらいの私と母と祖母の3人が、

レンガ作りの建物の前のバス停に立っています。

そのバス停に籐のバスケットを忘れて・・・というものです。

 

母からは、裁判所に行った時の記憶であると、聞いています。

 

この記事を書きながら、丁寧に思い出したのですが、

時間が経過する中で、

思い違いだったり、勝手に付け加えられたり、

事実と違ってしまっていることもあるかもしれません。

 

なぜ父と離婚することになったのか、

物心ついてから、折りに触れ、母に聞いてきました。

すると、

「アンタを連れて実家に帰っている間に、勝手に籍を抜かれていた。」

ということでした。

 

他に聞いたのは、

 嫁ぎ先の戸籍から自分の籍が抜かれていることを、

 役所の知り合いから聞いて知ったこと。

 話し合いのために父を呼び出したが、来なかったこと。

 祖母(私の母のお母さん)が母に、嫁ぎ先に戻るように言わなかった・・・

んだったかな。

 

何度も聞いて、母の口から決まって出てくる言葉は、

「アンタを連れて実家に帰っている間に、勝手に籍を抜かれていた。」

のワンフレーズ、この、繰り返しです。

 

なぜ、実家に帰っていたのか、一体何があったのか、さっぱりわからないのです。

 

子どもなりに聴き方を工夫して、嫁ぎ先の家の様子やお姑さんのことを

聞いてみたりしていました。

 お父さんは長男で、養う兄弟がたくさんいたとか、

 働き者のキツイお姑さんだったとか、

 お父さんの背広にブラシをかけていると、

 なんか言われた(お金を盗ったと疑われたという意味か?)とか、

 里帰りするのに、おこづかいも渡してくれなかったとか、

 あの家は最初からおかしかったとか・・・

言ってました。

 

母の話は、使う語彙が少なく、同じ単語の繰り返しや「あれ」「それ」「これ」が多く、

正確に細かく聴こうとすると、話がそこで終わってしまうのでした。

母が話した内容というより、そのように私が理解した、と言ったほうが近いかもしれません。

 

役所に行って籍を抜いたのは誰だったのかも含めて、

母の離婚の理由は謎のままです。

 

なぜ離縁されたのか、母もわからないままだったのでしょう。

しかし、離婚される理由がわかったとしても、

自分に突きつけられたことに向き合える人だったのか、

それもまた、?です。

主婦にも役立つ!ビジネスメール講座の基本

長野ゆか先生のビジネスメール講座を受講したことがあります。

http://blog.office-mikasa.com/2015/10/28/bizc1028/

 

専業主婦の私が、わざわざ受講しようと思った理由は、

日々のメールやラインのやりとりが、

ものすご〜くストレス(+_+)になっていたからです。

 

私が働いていた時の連絡手段は、固定電話もしくはFAX。

プライベートでも、日常的にメールを使うことはありませんでした。

 

しか〜しです!!

今や学校からの連絡がメールで送られてくる時代。

ほとんどの人がスマホを持っています。

PTAや子どもの習い事などで所属する団体でも、

保護者同士が連絡を取り合うのに、

メールやラインが使われるようになりました。

 

母親としての役割でお付き合いする人たちが増えていく中、

何らかの役員に当れば、知り合い以上お仕事未満の関係ができたりします。

攻撃的なメールに、倒れ込みそうになったり、

この言葉の意味は?その心は?と深読みしたり、

ライングループでは、どのタイミングで返事を返そうか、

見計らってばかりで気疲れしたり・・・。

自分も人に対してストレスをかけてるんではないかと不安になって、

たった1行のメールを送るのに考え込む・・・

そんな私でした(T_T)というか、今もそうなんですが(^_^;)

 

「こりゃあ、いかん!」と思い、ストレス軽減のため、

また「子育て中の長野先生なら、私のストレス、わかってくださるのでは」

と思って参加を決めました。

 

主婦は私だけ(。>﹏<。)

他の参加者は、ピシッとスーツで決めたビジネスマンや女性起業家です。

 

でも!

「思い切って参加してよかった」

メールの基本のキホンを教えて頂きました。

基本に沿って文章を考えていくと、無駄に悩むことがなくなりました。

 

でも!

「講座を受けてよかったわ〜!」は、それだけではなかったのでした。

求職活動を始めて気が付いたのですが、

エントリーはメール!やりとりはほとんどメール!でした。

「今さら何言うてんねん」って感じですかね。

でも、メールで就活するなんて思ってなかったんやもん、イジイジ(´-﹏-`;)。

まだまだ、課題はありますが、だいぶよくなったと思います。

 

スキルや技術は、身につけておいて損はないと思います、収納場所は要りませんので。

 

その長野先生が、初出版された本をご紹介します!!

http://office-mikasa.com/info/book_bizmail1/

新人公務員のメールの書き方 長野ゆか[著]

 

なんでもペアで買う癖ありますか

産経新聞で、青柳いづみこさんの『喪失にまつわる人模様を』というタイトルがついた書評を読みました。

青柳いづみこさんのオフィシャルウェブサイトに掲載されてます。http://ondine-i.net/column/3403

 

書き出しはこうです。

『なんでもペアで買う癖、というエッセーを書いたことがある。セーターやTシャツ、パジャマや靴下、スカーフやショール、そして指輪。どうしてそうなるのか、うまく分析できない。』

 

紹介されている本は、

川上弘美著『ぼくの死体をよろしくたのむ』(物騒なタイトルですね^^;)

 

『本書に収録された「ずっと雨が降っていたような気がしたけれど」の主人公の場合は、「とろりとした、繊細なブラウス」。同じ色の同じサイズのものを2点買う。ひとつは実際に使うため、ひとつは喪失にそなえるため。』

と続きます。

 

モノの買い方に、深層心理が現れているというお話でしょうか。

整理収納アドバイザーの講座で、モノが増えてしまう原因とモノを捨てられない理由を勉強しましたが、

モノの買い方やモノとの付き合い方には、自分が気付いていない過去の記憶や感情が隠れているかもしれませんね。

傾聴マインドで認知症サポーター

カテゴリー「気持ちのひきだし」には

傾聴の仕事に関する情報や日々学んだ内容を入れていこうと思います。

 

さっそくですが、過日、

地域包括支援センター主催の認知症サポーター講座を受講してきました。

 

看護師さんや介護士さん、認知症の人のご家族やご友人など、

いろんな立場、幅広い年齢層の方が、20名前後参加されていました。

 

講座では、認知症に対して正しく理解できるように、

認知症の種類、症状、診断、治療、予防などについてお聞きました。

 

また、認知症の人に接するときの心構えや

認知症サポーターの役割を確認しました。

 

最後に、2人の講師が寸劇をして、

認知症の人との接し方のコツをわかりやすく観せてくださいました。

 

「財布を失くした」というおばあちゃん VS 

「あんたが盗んだんちゃうか」とおばあちゃんに疑われる孫娘

のやりとりです。

 

一般的に、良いとされている接し方を⭕、

逆効果とされている接し方を❌で表現してあります。

 

おばあちゃん: 「財布がないねん」
「あんたが盗んだんやろ」
❌孫娘: 「盗んでないって!!」
 ✕否定する
「また置きっ放しにしたんでしょ!!」
 ✕叱る
「失くしたおばあちゃんが悪いんや!!」
 ✕責める
 ⭕孫娘: 「お財布失くしちゃったんや」
 ◯盗んだという言葉を使わない
 ◯本人の話を肯定して受けとめる
  ⭕孫娘: 「見つからないと困るなあ」
 ◯困っている気持ちをわかってあげる
 ⭕孫娘: 「どんなお財布?いつ頃からないの?」
 ◯丁寧に話を聴いてあげる
 ⭕孫娘: 「私も探してあげるから、一緒に探そう」
 ◯本人が見つけ出せるようにしてあげる
おばあちゃん: 「あったあった!こんなとこにあったわ〜!!」
 ⭕孫娘: 「おばあちゃん、見つかってよかったな〜!!」
◯一緒に喜ぶ

 

認知症の状態や介護する人との人間関係などで、

このとおりいかないことがあると思いますが、

傾聴の姿勢だなと思って寸劇を見ていました。

 

帰りに、認知症サポーターの証である

オレンジリングをもらいました。

ボーダーTシャツを着ない理由

ガン!ガン!家中の断捨離をやっていた時期(今から4年前)のことです。

洋服ダンスの引き出しを開けたら 、ボーダー柄が目につきました。 

 

無意識に買っているけれど。気がつけば増えているけれど。

そもそも「ボーダー」って、何を表現してるんかな? 柄の成り立ちとかあるんかな?

 

急にそんなことが頭に浮かんだので、ウィキペディアを開いてみました。https://ja.wikipedia.org/wiki/縞模様

すると、「縞模様の歴史」について、以下のように書かれていました。

「 」内は、ウィキペディアから抜粋した文章です。

 

「中世ヨーロッパにおいては、縞模様は悪魔の模様とされ、聖職者は縞模様を含む多色を用いた服装を禁じられる」

「20世紀に至るまで、囚人服にもしばしば縞模様が用いられた。」

 

うん?ってことは、わたしって。。。。。

よ・こ・し・ま・な ( 邪 な ) 女ーーー?!

囚われの身なんですかぁ?!

 

なあ〜んて思った瞬間、頭の隅っこに、ボーダーTシャツを着て、訝しげな表情で、佇んでいる母の姿が浮かんできました。

胸に刺繍が入っている紺と白のボーダーTシャツ、化繊を含んだ生地の素材や質感まで思い出しました。

一瞬、背中がゾクゾクッとして、

「要らん」

自分のボーダーTシャツを捨てました。

母を連想するものを、意識的に自分のそばから排除していた時期のことです。

今度は、爽やかな気分で、ボーダーTシャツを選べる時が来るといいなあ。

最近頑張っていること

以前から興味を持っていて、やってみたいなあと思っていたことに手をつけています。

ブログ開設もそのひとつですが、

 整理収納アドバイザー

 心理カウンセラー

 HSK(中国語)

などなど、去年から今年にかけて資格を取得したり受験したりと勉強をしています。

 

なぜ、こんなに頑張り始めたのかと言うと、

やりたいことをそのまま置いておくと、

 「〇〇をやってたら、こうだったかも」

 「〇〇をやってれば、こうだったはず」

って、妄想や幻想のタネになると思ったからです。

 

やってしまえば、いつまでもブスブスと執着心を燃やさなくていい。

 「ずっとやりたかったことだけど、自分には向いてなかった」

 「一回やって気が済んだ」

とか、手放せる事柄も出てきます。

本当にやりたいこと、好きなことに力を注げるんじゃないかな。

その中に、ずっと続けていけることがあればいいな。

お笑いのひきだしの中身は?

これは、整理収納理論(整理収納アドバイザーの講座で勉強しました)でいうところの思い出ボックスです。

特に、娘たちの幼い頃の言い間違いやおかしな言葉使い、寝言など、家族の面白かった出来事を書いていきます。

その時どんなに面白くても、放っておくと忘れてしまうので、メモ替わりに書き残しておこうと思いつきました。

 

では、最初のエピソードです。

次女が6才の時に書いた将来の夢は・・・

 

しょうらいのゆめは、おはらいげいにんです。

24さいに、なったら、おわらいを、はじめます。

みにきてね!

 

家族で大笑いした後、次女がボールペンでグチャグチャと消して訂正してしまいましたが、

お祓い(おはらい)芸人としての活躍、見たかったなあ〜!

 

写真を添付しました。

次女の書いた将来の夢

ブログタイトル「あるもんで」の意味 その2

若い頃は、自分が大嫌いで、高い理想を描いて、現実とかけ離れた自分になろうと、エネルギーを使って擦り切れてましたね。

40も半ば過ぎて、やっとですよ(笑) 夢から覚め、現実を直視しました。

これから先の自分の人生なんてたかが知れている、先が見えた感じでした。

 

特別な何かになんてなれない。

自分以外の誰かにはなれない。

自分が持っているものでしか勝負できない。

 

これからは、自分の持ち味・長所・利点に目を向けて、「あるもんで」輝くために、エネルギーを使っていきたいという思いを込めています。