自分を責めていることに気がついた日

母へのわだかまり の続きです。

 

心の底に沈めていた気持ちが溢れ出し、

苦しくて苦しくてたまらなくなったわたしは、

近所の50代女性Yさんに話を聴いてもらいました。

 

Yさんが、

「お母さんが男の人を必要とした気持ち、今のあなたなら理解してあげられるでしょう。」

と言いました。

「そうなんです。」とわたし。

「オトナのわたしは、理解して許してるんです。

だけど、だけど、だけど・・・・・

自分の中のコドモの自分が怒っているんです。」

涙がつたって落ちます。

 

溢れ出す気持ちを話しながら、

不意に、別のことを思い出しました。

 

〜わたしは人として最低なことを言った〜

 

いつだったか、

どんな反応するかなとテストするような気持ちで、

「中卒のくせに。」

と、母に言ったことがあります。

 

〜これはもしかして、帳尻合わせ?〜

 

テストなんかじゃない。

不倫という行為で、わたしをないがしろにした母に対し

学歴を馬鹿にすることで

仕返ししようとしたのではないか。

 

わたしの言葉に、母は無言でした。

表情も変わらなかった気がします。

母が何を思ったのかわからないまま

時は流れていきました。

 

時の流れの中で抱え続けた

「ひどいことを言ってしまった。」

という自責と後悔の念が

涙とともに流れ出します。

 

すると、Yさんが

「いとうさんて、ものすご自分を責めてしまうんやな。」

と、ポツッと言いました。

 

その言葉で、初めて・・・

自分が自分を責めていることに気がつきました。

 

 

確かめたわけではありませんが

母はわたしの言葉を忘れていたかもしれません。

 

投げた言葉のナイフが刺さっていたのは

わたしだけだったかもしれません・・・・(@_@;)

達観する10歳

母の不倫相手の男は

同じ町内の、近所に住んでいる

おっさんでした。

 

わたしが高学年になった頃から、

頻繁にウチに来るようになりました。

バスで通勤しているおっさんは、

仕事帰りにウチに寄るのです。

 

バス停から徒歩10メートルで、私のウチです。

ウチから30メートル先に、おっさんの家があります。

まさかとお思いでしょうが、狭い一本の道沿い。

おっさんの家族が道に出ていれば、目視出来る距離です。

 

「この人、なんでウチに来るんやろ?」

最初はそう思っていました。

 

ウチの居間でまったりしてから帰るのです。

わたしは、その場に居づらくなって、隣りの部屋に移ります。

追いやられた気持ちは、ささやかな抵抗を企てます。

薄壁一枚隔てた押入れの隙間から、居間へ紙一枚落としてみたり、

母とおっさんがいる居間の入り口を、突然開けてみたりしていました。

 

そのうち、母が夜遅くまで出かけることが多くなっていきました。

酔っ払って帰ってきては、わたしにお土産を買ってきます。

町内会行事の集合写真には、

赤い顔して寄り添っているおふたりさんが写ってました。

 

これって・・・・・(ー_ー;)

町内で噂されてるんじゃないの?

 

本能だけで一緒にいる中年の男女。

子ども心に「アホ過ぎる」と思っていました。

伝わる日本語の使い方を学ぶ

先日「オトナの国語講座」を受講しました。

 

笑いのツボを刺激してくださる

今城裕実 (4u-planning) 先生はこんな方です。

http://4u-planning.com/about_4up/profile/

 

「あ〜、関西人に生まれてよかった♡」

と実感する濃い2時間。

 

わたしは、文章を書くのが遅いので、

少しでもスピードアップ出来る

ヒントが得られたらいいなと思って。

 

そのヒント、がっつりつかんで帰りましたよ。

 

引き出しが増えて、頭がやわらかくなる

メルマガの配信も楽しみです。

母へのわだかまり

この家に引っ越してくる前に住んでいた地域で

親しくしていた女性がいました。

 

その女性Yさんに、

急に家を買うことになって

母と同居することになったことを話すと、

「同居するまでに、お母さんとちゃんと話をしておいた方がいいよ」

と言われました。

 

50代のYさんは、

若い頃から実家の家族関係に悩んでこられ、

いろんな体験を話してくださったので、

少し話したことがあるのです、

わたしと母の関係がよくないこと。

 

そんな方からのアドバイスなので、

素直に受けとめて、

まずは、自分に向き合う時間を作りました。

 

「母へのわだかまりは、何なのか。」

 

フツフツと湧いてくる感情がありました。

それは「怒り」でした。

何に対して「怒っている」のか?

自分に問い続けました。

そして、気付いたのです。

 

「母の不倫」に対してだと。

 

このことを自覚した時、

「何をいまさら」という気持ちでした。

なぜなら、

その時の母と同じ年頃になったわたしは、

母にも女としての時間も必要だったと思い、

母のしたことをとがめたりしていませんでした。

この話は、夫にも話していたので、

自分の中では整理されていると思っていたのです。

 

だけど本当は・・・・・

 

10代からの大人になっていく過程で、わたしは、

 

「大人はずるくて汚い」

「所詮、大人なんてそんなもんよ」

「所詮、世の中なんてそんなもんよ」

 

わかった風なことを言って、

大人ぶるようになっていきました。

周囲の大人に不信感を抱き、

世の中を斜めに見るようになっていきました。

 

そう言って、自分を納得させていたんですね。

そうやって、自分をごまかしていたんですね。

 

だけど本当は・・・・・

 

家での出来事も、感じた気持ちも、

10歳のわたしは、誰にも話さずにいました。

 

女としての母親の姿・・・・・

受け入れられなかった・・・・

許せなかった・・・・・・・・

 

心の底に沈めていた気持ちが溢れ出し、

苦しくて苦しくてたまらなくなりました。

メルカリ、教育効果高し!

中学生の娘が、メルカリデビューしました。

 

出品物は、たまごっち。

小3の時のサンタさんからのプレゼントです。

 

出品から購入後のやりとりなど、

パパがレクチャーしてくれました。

 

何をしてくれたかと言いますと・・・。

 

1・事前学習

 

パパいわく「写真が命!」ということで、

商品の写真を上手に撮るための本を

長女に読ませました。

これです↓

 

本のタイトル いちばんかんたんな料理・雑貨・花の撮り方手帖

 

2・写真撮影

 

予習して得た知識を元に、

光、場所、置き方などを考えて、

長女ひとりで、たまごっちをスマホで撮影。

取り込んだ情報を自分で工夫し活用します。

 

3・商品紹介文の作成

 

無駄な言葉や曖昧な言葉を使わず、

マイナス点も正直に書きます。

相手に伝わるように、わかりやすく

たまごっちの状態を書きます。 

 

 

  「ママー!!」

  2階にいたわたしを呼ぶ声が聞こえました。

  出品して30分もたたないうちに購入されました!

  他にもたくさん出品されていたにも関わらずです。

  嬉しそう(^^)な長女。

  やはり写真が決め手になったのでしょうか。

  パパは商品紹介文を褒めていました。

 

 

4・購入後のメールのやりとり

 

購入者へのお礼や発送について、

事務的な内容をマナー良く文章を作ります。

 

5・商品の梱包と郵送の準備

 

商品が壊れないように

梱包材を使って丁寧に包装します。

商品に合う箱や袋を探し、

尚且つ、重さを意識しながら梱包。

定型外郵便をはじめ、

様々な郵便サービスがあることを知る

いい機会です。

 

6・入金の確認と評価

 

入金を確認し、購入者を評価します。

ネットショッピングでの評価の持つ意味を聞きました。

メールのやりとりをする中で、

購入者:「たまごっち、懐かしいですねー。」

長女:「大事に使ってました。」

など、心の交流もできました。

 

 

親のサポートを受けながらですが、

最後まで自分でお取引して、

しかも、臨時収入もできて

娘は達成感があったようです。

 

インターネットでのマナーを学んだり、

文章や写真を使って表現したり、

伝え方を学べるなんて、

メルカリも丁寧に利用すれば、

親としても嬉しい教育効果があるかもです。

気持ちを凝縮した言葉

長女が年少児ぐらいだったでしょうか。

保育園にお迎えに行った時、

同じクラスのAくんが

わたしのそばにやってきて

楽しみを隠しきれない様子で

お話してくれました。

 

「今日なあ、Aくんなあ、

ママが迎えにきたらなあ、

帰りになあ、

ポテトナルド行くねん♪」

 

このエピソードを思い出すたび、

心がほんわかします。

♪はじまりはいつもモノ by MASAMI

今年の8月で、現在の家に住んでから

まる11年が経ちました。

お盆休みの一番暑い時期の引っ越しでした。

わたしは11月に第2子の出産を控えていました。

 

引っ越しの時、

最初に起こったトラブルは、

モノが多かったことですね。

 

母の部屋は押入れ一間付きの6畳の和室。

家を買う前の見学にも連れて行ってます。

自分の部屋に収まる量になるように、

モノは減らすように頼んでいました。

とはいうものの、

母が大型家具を持ってきてくれるのは

ありがたいことでした。

 

わたしたち夫婦の主な家財道具は、

ホームセンターで買った収納ボックス。

家具らしい家具を持っていなかったので、

体裁が整いました。

ダイニングテーブルや食器棚、

幅広いチェストなど、

事前にサイズを調べておいて、

置く場所を決めておきました。

 

意外にモノが多かったのは、

生活用品、台所用品の小物です。

母は一人暮らしのなのに、

たくさん食器を持ってきていました。

わたしが実家暮らしだった時から

使ったことがない食器の類い。

わたしたちが使っているモノと合わせたら、

食器棚に入り切りません。

 

「いっつも、おんなじお皿しか使ってなかったやん!」

 

心で叫んだら、わたし、口にしてしまいました。

「こんなん、要らんよ、捨てて!!」

鬼の形相で睨み返す、母。

険悪な雰囲気に、引越し業者が固まっていました。

 

整理収納アドバイザーの勉教をする前の話ですので、

禁句発言、許してください。


私が整理収納アドバイザー2級認定講座を受講した

http://office-mikasa.com/podium/20160114/

認定講師の長野ゆか先生の記事です。

http://cataso.jp/idea/3498/

 

片付け作業中に気を付けたいのは

「捨てろ」というワード。

または、これに近い類の言葉は禁句です。

例えば

「もう、ゴミばっかりため込んで」

「要らないものばっかり置いているから、

家が片づかないんでしょ」

という言葉たちです。


しかし、当時のわたしは、

母の気持ちを汲んであげられる

自分ではありませんでした。

 

「ここは、わたしの領域。

結婚して家庭を持ったわたしの価値観で暮らし方を決めるんだ。」

そんな気持ちだったと思います。

 

結局〜、その食器、どうしたんだっけかな?

 

しかし、まあ、こんなトラブルは序の口でしたな。

いとうまさみ の紹介ページが公開されました!

気持ちのひきだし整理に寄り添う傾聴メンバーのいとうまさみです。

 

安心の話し相手サービス「 ほんわか倶楽部 」のウェブサイトに

https://honwaka.club

わたしの紹介ページが公開されました。

https://honwaka.club/archives/2717

今年5月の登録から時間をかけて準備してきましたが、

いよいよ傾聴メンバーとして活動していきます。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

必然の苦しみ

わたしが母と同居するハメになったのは、

今住んでいる家の購入がきっかけでした。

 

それまでは賃貸の狭いアパートに住んでいました。

次女の妊娠で、家族が増える生活をイメージして、

先々の将来のことを考えると、

一人暮らしの母を呼び寄せることもあるかも。

となると、今より広くないと生活しにくい。

 

夫が言いました。

「間取りの広い賃貸の家賃と住宅ローンの毎月の支払い額、

同じくらいやで。それなら家を買ったほうがいいんちゃう?」

プラス「家買ったら、もう引っ越しせんでもいいし」

一度目の引っ越しで大変な思いをしているのです、夫は。

 

その時、わたしは長女を妊娠中でした。

しかも、引越し当日、同級生の告別式が・・・。

躊躇なく、友達とのお別れに行かせてもらい、

わたしは何もしていないのですが、

引っ越し恐怖、わたしも同感でした。

 

家を買うことなど、

ぜーんぜん、考えたこともなかった夫婦が

突然家探しを始めることになりました。

知識もお金も、準備は一切なし。

 

わたしが新聞の折り込みチラシで見つけた物件、

ひとめで気に入り、見学の予約をして、

その家一軒見ただけで買うことを決めました。

はやっ!

 

そんな流れの中、夫が

「お母さんひとりで心配やろ。

どうせ、この先一緒に住むことになるなら、

俺らの引っ越しと同時に住み始めた方がいいんちゃうの?

子育ても手伝ってもらえるし、まさみが助かるんちゃうの?」

と言い出したのです。

 

わたしは、

「え?!イヤだ、それだけはゴメン!」

と、拒みつつ、

「そんな嬉しいことを言ってくれるなんて」

と、夫の優しさに自分の気持ちを飲み込み、承諾。

 

母に、家を買うことになった連絡をして、

同居する気持ちがあるか確認しました。

母は、待ってましたとばかりにふたつ返事。

「お友達と離れてしまうけど、いいの?」

引っ越しのマイナス点を伝えるが、同居する気満々。

 

そして、

「頭金出してあげよか?」

というのです。

 

わたしが成人する前後から、

母がわたしによく言っていたセリフです。

「一緒に住んでくれるんやったら、お金出したげてもいいで」

わたしが結婚したのは、36歳。

長い独身生活で、くり返し、この言葉を聞かされました。

「一緒になんて絶対住まない!」

と返したこともあるけど、やるせない顔で、

「なんで?」

と聞かれ、うざったらしい。

 

大人になった時には、母に対して、

自分の思いを説明をしたり、理解を求めたりすることが、

無駄であると気付いていたので、適当にやり過ごしていました。

たいていのことは、

「ふーん」「はーん」「へー」

で聞き流していました。

 

でも、わたしの心の中に、

「お金出してあげよか」

という言葉は、横たわっていました。

お金の負担、また、子育ての負担が減ることに、

同居のプラス面を見出し、同居へと動き始めました。

同居することでどんな問題が起きるか、

想定することもなく。

対策もなく。

 

アホやったなー(笑)

 

もし、関係性の悪い親との同居を考えている方がいるなら、

「ちょっと、待った!」

今なら、すかさず言いますね。

 

とはいうものの、

わたしが、母と同居したことを後悔しているかと問われたら、

答えは「ノー」です。

 

母とわたしが、再び一緒に住むことがなかったら、

母が亡くなってからも、わたしの悩みは消えず、

ずっと自分を責め続けていたかもしれない

という恐怖さえ憶えます。

苦しかった母との同居生活があったからこそ、

とことん、母娘関係に向き合うことができ、

自分の悩みの根源に気付けたのだと思います。

 

なので、母との同居は必然であったと感じています。

 

我が家の決まりごと 〜帰宅編〜

我が家の帰宅時のあいさつは

帰ってきた人は「ただいマンゴー!」

家にいる人は「おかえリンゴ🍎!」

というのが定番です。