おうち美術館

古本屋に持ち込んでも

値段がつけられないと言われた

古い美術全集の一部。

絵画本

夫が、古本屋で

こども用の絵本を大量買いした時に

一緒に買い込んできた本。

買った時から、黄ばんでシミだらけ^^;

芸術の秋 ピカソ展 作品のタイトルをイメージして書いてみよう!!

一度も開かずに捨てるのがためらわれ

あるもんで。流の再利用方法を

思いつきました。

家族がつけた絵のタイトル

絵を観てイメージした

思い思いのタイトルを

家族が書き込んでいます。

 

まあまあ、真面目に書いてある。

前回は、通報レベルでヒドかった(@_@;)

 

ちょっと、おふざけも許しつつ

芸術に親しむ方法として

いかがでしょう?

歴史の転換

シューアイスの争奪戦が始まった。

それを見守るわたし。

それぞれ1個食べた後、

2個めが欲しい夫、長女、次女

の3人でジャンケンをすることに。

 

「最初はグー、ジャンケンホイッ!」

 

グーを出して勝ったのは・・・長女。

長女は、差し出したこぶしをぐっと握りしめ

目を閉じたまま、静かに言った。

 

「伊藤家の・・・歴史が・・・変わった・・・」

 

そう。

幾度も繰り広げられてきた

この戦いに勝利してきたのは

十中八九、次女なのだ。

 

いつも、勝つ。

なぜか、勝つ。

 

苦汁をなめてきた長女よ、キミにも春が!

 

その調子で、高校受験も頑張って!

あるもんで。発動!

もうすぐ、ダンスの発表会。

次女が衣装をもらってきた。

みんなお揃いのグレーの上下に

自由にリボンを縫いつけるのだそうだ。

 

配られた赤とシルバーのリボンを

次女の希望するように縫いつけてあげた。

   ↓

グレーの衣装の前面

リボンが少し余った。

赤が10センチ、シルバーが20センチほどか。

残り、どう使おう?

リボンを触りながらアレコレ試して

・・・閃いた!

あるもんで。の神が降りてきた(笑)

さみしい後ろ身頃に縫いつけたのがコレ。

   ↓

リボンの花

次女が「可愛い〜♡」と喜んでくれ

長女は「ママって、そういうアイディアすごいよな」

と褒めてくれた。

気をよくするわたし。

そして、その後も

「ねえ、これ、どうよ!」と

褒める言葉を要求するわたし。

 

カルチャーショックからの〜見事な適応。

義家族のコミュニケーションスタイルを

自分にしっかり取り込んでいる。

「ねえ、これ、どうよ!」

最低3回は言ったなあ、わたし^^;

 

この出来事で

わたしの大切にしていることが

より、はっきりしてきました。

 

素材を活かすアイデアを自分から出す。

あるものを活かしきる。

それにより、人が喜び、自分が喜ぶ。

 

まさに、これが

あるもんで。精神なんだな。

自己否定⤵感の育まれ方

こどもの頃

母からよく言われたことです。

 

わたしは歯の噛み合わせが悪く

少し受け口ぎみです。

 

歯の話題になると

 

「アンタの受け口は、あっちに似たんや」

 

と言われ、また

 

わたしの耳垢はウェットタイプで

耳かきをすると

 

「アンタの耳クソ柔らかいんは、あっちに似たんや」

 

と言われました。

 

事実を伝える言葉の

後に続く言葉はなくて

なんだか忌々(いまいま)しい感じ。

言いっ放しで終わるのです。

 

「だから?何が言いたいの?」

わたしは心の中で

そうつぶやいていました。

 

「アンタ〜〜は、あっちに似たんや」

 

あっち、とは

わたしが3歳の時に離婚した父のことで

父方の遺伝を受けたということです。

 

忌々しく言いたくなるのは

納得できない、理不尽な

母の離婚の理由にあるのでしょうが

 

こどもなら、きっと

 

母親から忌々しく

「アンタ〜〜は、あっち(父方)に似たんや」

と、言われたら

「お母さん、わたしのこと嫌いなんかなあ」

と思うでしょう。

 

体や性質とか

持って生まれたものについて

ケチをつけられたら

自分を受け容れられなくなるでしょう。

 

こどもだったわたしは

 

耳垢タイプが母と違うことで

罪悪感のような気持ちを

うっすらと感じていた気がします。

 

わたし、別れた父親に似てしまった。

ああ、ごめんなさい。

すべては自分の責任で

だから自分を責める・・・みたいな。

 

今なら黙ってないで

言い返せるけどね。

 

耳垢タイプは遺伝ですよー。

わたしのせいじゃないわよ!

同じことをくり返し言う人

母が同じ話ばかりしていることに

わたしが気付き始めたのは

10代になってからでしょうか。

当時、母は40代。

 

「ああ、その話、何百回も聞いたわ」

わたしはもう、うんざりを通り越して

不思議な気持ちになっていました。

 

同じ話をしていることを

わたしが母に指摘すると

 

「おばあさん(母の実母)かて、

何回もおんなじ話すんのを

私は聞いてあげてるねん。

それやのに、アンタは!」

 

と言い、わたしに対して

優しくない娘のレッテルを貼る。

 

でもねー、なんか違うんだよねー。

おばあちゃんがくり返す話と

母がくり返す話。

 

もちろん、たわいのない昔話もあった。

母がこどもの頃、犬に噛まれた話とか。

犬を見たり、犬の話題になったら

話の流れや脈絡関係なく

この話をブチ込んできた。

 

基本的にネガティブな話題が多く

嬉しいとか楽しい気持ちになることが少ない。

わたしには、そう記憶されています。

 

どんな話をくり返ししていたか

今、出てこないので

代表的な話がこの話になりますが

 

火事になったある民家の前を通ると

必ず、母は

「この家でな、焼身自殺があったんや」

と言いました。

火事から何年たっても

その家の前を通ると条件反射のように

同じ話、というか

「この家でな、焼身自殺があったんや」

という、この短いセンテンスのくり返し。

それ以上はありません。

 

その頃のわたしは

年老いたおばあちゃんが

同じ話をするのは仕方がないと思い

また

自分の気持ちが収まらなくて

同じ話をしてしまう心情も

10代なりに理解できたと思います。

 

けれど、40代の母が

同じことをくり返し言うのは

年のせいとは思えず

また

母とは直接関係のない話が

こんなにもくり返されるのは

謎でしかありませんでした。

 

ふつうに相槌をうったり

リアクションしながら

母の話を聞いていたわたしの

理解の範疇を超えた時が

あったのだと思います。

 

いつからか、母と話をすると

出口のない迷路に迷い込んだような

気持ちになっていきました。

あまのじゃくのやる気スイッチ

わたしは

けっこう細かい作業が必要な

キャラ弁作りが性に合いません。

 

娘たちに

「作って、作って〜♪」と

せがまれてきました、特に就学前。

保育園でお友達の可愛いお弁当を見て

無邪気に要求してくるのです(笑)

 

だけど、わたしは

(キャラ弁作りに限らず)

期待されると、ことのほかしんどくて

頑張れないのです。

 

「ママはこういうの苦手やから」と

かわしてきました。

こういうのとは

細かい作業であることと

作ることを期待されることです。

 

娘たちは

そんな母を受け入れ

無理難題は言わなくなりました。

そうすると

ちょっと気持ちに余裕ができるのか

たまには

娘たちを驚かせて喜ばせたいと思って

作りたくなるのです。

 

あまのじゃくだと言われても

自分が作りたい時に作るし

やりたかったらやるのです。

 

自分の中から気持ちが湧いてこないと

やる気スイッチが入らないみたい。

 

そんなわたしが作った数少ないキャラ弁が

2016年度作・まっくろくろすけのお弁当。

2016年度作

見るからに作るのが簡単なので選んだのですが

娘たち、エラく喜んでくれた。

(普段与えてないのでね、笑)

 

かたや

小3の3学期から料理を始めた次女が

小5の運動会に自分で作ったお弁当が

2017年度作・まっくろくろすけのお弁当。

2017年度作

ママのキャラ弁が嬉しかったから

同じものを作ったとのことですが

ずいぶん挑戦的、上等やないか!

 

。。。。ああ、負けた。。。。

 

しかも

「ママ、まっくろくろすけ3個は量が多かった」

と言われる始末。

弁当箱の隙間をおにぎりで埋めたことも

バレていた(汗)。

 

でも、そんなんもこんなんも

自分発の行動で得た結果は

全部自分のモノ。

どんな結果でもヨシ!なのです。

お弁当あてクイズ

小6と中3の娘の運動会と体育大会が

今週、無事終わりました。

 

さて、運動会といえばお弁当ですね。

 

ここで、クイズです。

 

過去の運動会に

わたしと次女、それぞれが作った

お弁当の写真があります。

 

A

 

B

 

 

さあ、わたしが作ったお弁当は

AとB、どちらでしょうか?

 

答えは

わたしが作ったお弁当は・・・

Bでした(笑)

猫のいる原風景

私が猫好きなのは

原風景に猫がいるからかもしれません。

 

私が預けられていたおばあちゃんちで

猫を飼っていました。↓

田舎の家なので

どっからでも自由に出入り、

村の中や畑を気ままにお散歩。

 

猫は

 

お気に入りの場所でひなたぼっこしたり

お風呂を沸かす薪の灰の中で温まったり

寒い冬には人間の布団に入ってきたり

していました。

 

私も

 

友だちと一緒に遊んだり

遊ぶ相手やおもちゃがなくても

木登りしたり、遊びを作ったり

気の向くままに過ごしていたように思います。

 

 

ブログを書き始めて

昔を思い出しながら文章にする中で

あらためて感じたのは

 

おばあちゃんちで過ごした

小学校に上がる前のこの1年に

私の感性は育まれ

心身の血肉となっているのでは

ないかということ。

 

幼少期の体験って

自分が思っている以上に

人生に影響を与えているんだなあ。

 

そう考えてみると

 

どうあれば自分らしくいられるのか

どんな場にいれば自分は心地よいのか

 

わかる気がします。

感覚を取り戻す、思い出す

・・・という感じです。

 

よりいっそう

自分が心地よくいられる

ありかたや場に敏感でいたいな。

 

猫みたいにね。

猫が好き

もともと、私は猫が好き。

 

好きなスポーツメーカーはプーマ。

SNSのプロフィール写真はひこにゃん。

 

猫カフェに行きたくなったのは

マイブームが再来したのか。

 

はっと気づけば

キーホルダーに眼鏡ケース、ペンケースなど

持ち物に猫グッズが増えていました。

 

私の人生で最強の猫キャラを見つけました。

我が家に泊りに来た次女の友達が

連れてきたこの子です。

猫のぬいぐるみ

目ヂカラ半端ない。

私、心をわしづかみにされました。

 

ああ、そうかー。

この子との出会いが

猫ブームにつながってるのかも。