小学校に上がる前の一年、

私はおばあちゃんちに預けられていました。

母の実家です。

 

おばあちゃんちには、

母の一番上の兄である伯父さんとその娘と、

おばあちゃんの3人が住んでいました。

その娘というのは、5歳年上の従姉妹。

炭団と卵に出てくる色白の従姉妹です。

伯母さんは、従姉妹が小1の時にガンで亡くなっています。

 

5つ上の従姉妹と姉妹のように過ごしました、

といっても、仲良く遊んだ思い出はありません。

従姉妹は小学生で、私は保育所に通っていました。

おばあちゃんもお嫁さんが亡くなっているので、

家事や野良仕事をしていて、私と遊んでる暇はありません。

 

おばあちゃんちは、山あいの集落にあり、

日本昔話に出てくるようなところです。

その集落から、年長さんの子ども3人だけで通園するのです。

保育所まで徒歩で30分以上、かかったんじゃないかな。

途中でケンカしたり、道草しながら行くから、

遅くなることもあったなあ。

 

家にいる時は、近所の子と遊んだり、ひとりで遊んでました。 

おばあちゃんちのすぐ近くには、

洗濯に使うような小さな池がありました。

川には、沢ガニやイモリがいました。

木登りしたり、山道のついてない裏山を登ったり、

自然に囲まれて過ごしていました。

 

それが、

小学校入学と同時に、再び母と暮らすことになったのです。

 

就学前の子どもが、

離れていたお母さんと一緒に住めるようになることは、

嬉しい出来事だと思うのですが。

 

いや、「嬉しいはず」というのは、親子神話?

私には、嬉しかった記憶はありません。

 

それとも、幼児期の記憶とは、こんなものでしょうか。

ちょっとわからないところです。