こないだ

ブチっと音がしたかと思うと

ブレーカーが落ちて停電。

 

食洗器が何だか焦げ臭い。

漏電していたみたい。

 

相反する気持ちを抱えながら

使ってきた食洗器が

 

いよいよ、

とうとう、

ようやく、

やっと、

ついに、

 

壊れました。

 

この家に住み始めて使い始めた

食洗器は、次女が生まれてから

座敷婆(同居していたわたしの実母)が

買ってくれたものでした。

 

何度か修理をしながら使い続けて12年。

なくてはならない生活必需品。

 

なのに、相反する気持ち、とは

 

座敷婆の裏メッセージが込められた

食洗器を使うたびに、わたしは

座敷婆の急所をつくやりとりを思いだして

 

無意識に、嫌な気持ちになっていたのです。

 

なので、以前、断捨離を始めた時には

ボーダーTシャツを着ない理由を書いたように

座敷婆を連想するものを家からなくそうと

食洗器も捨てたい衝動にかられました。

 

けど、自分の気持ちを最優先できない

現実生活のやるせなさって

こういうことなのかなあ。

 

食洗器のありがたさ半端ない!

 

食洗器がもたらす、わたしの人生への

嫌悪度と貢献度を、秤にかけた結果

貢献度が大きくて手放せなかったのです。

 

だけどもう12年。

今年は座敷婆の7回忌。

 

お役御免の時を迎えたように思います。

 

食洗器は壊れるまで献身的に働きました。

お札のように貼りついていた

裏メッセージの意味もなくなりました。

 

電化製品も精神も取り替えの時期。

 

次は、呪いのかけられていない食洗器と

一から思い出を刻んでいきましょう。