だいぶ薄れてきましたが、わたしの一番古い記憶です。

 

明るい日差しの中、3歳くらいのわたしと母と祖母の3人が、

レンガ作りの建物の前のバス停に立っています。

そのバス停に籐のバスケットを忘れて・・・というものです。

 

母からは、裁判所に行った時の記憶であると、聞いています。

 

この記事を書きながら、丁寧に思い出したのですが、

時間が経過する中で、

思い違いだったり、勝手に付け加えられたり、

事実と違ってしまっていることもあるかもしれません。

 

なぜ父と離婚することになったのか、

物心ついてから、折りに触れ、母に聞いてきました。

すると、

「アンタを連れて実家に帰っている間に、勝手に籍を抜かれていた。」

ということでした。

 

他に聞いたのは、

 嫁ぎ先の戸籍から自分の籍が抜かれていることを、

 役所の知り合いから聞いて知ったこと。

 話し合いのために父を呼び出したが、来なかったこと。

 祖母(わたしの母のお母さん)が母に、嫁ぎ先に戻るように言わなかった・・・

んだったかな。

 

何度も聞いて、母の口から決まって出てくる言葉は、

「アンタを連れて実家に帰っている間に、勝手に籍を抜かれていた。」

のワンフレーズ、この、繰り返しです。

 

なぜ、実家に帰っていたのか、一体何があったのか、さっぱりわからないのです。

 

子どもなりに聴き方を工夫して、嫁ぎ先の家の様子やお姑さんのことを

聞いてみたりしていました。

 お父さんは長男で、養う兄弟がたくさんいたとか、

 働き者のキツイお姑さんだったとか、

 お父さんの背広にブラシをかけていると、

 なんか言われた(お金を盗ったと疑われたという意味か?)とか、

 里帰りするのに、おこづかいも渡してくれなかったとか、

 あの家は最初からおかしかったとか・・・

言ってました。

 

母の話は、使う語彙が少なく、同じ単語の繰り返しや「あれ」「それ」「これ」が多く、

正確に細かく聴こうとすると、話がそこで終わってしまうのでした。

母が話した内容というより、そのようにわたしが理解した、と言ったほうが近いかもしれません。

 

役所に行って籍を抜いたのは誰だったのかも含めて、

母の離婚の理由は謎のままです。

 

なぜ離縁されたのか、母もわからないままだったのでしょう。

しかし、離婚される理由がわかったとしても、

自分に突きつけられたことに向き合える人だったのか、

それもまた、?です。