自分の限界を知ろう

次女のダンスの発表会がGWにあります。

 

今年になって

新しい教室に移ったので

初めての発表会。

 

ちょっとドキドキ。

 

え?! まさか踊るの、自分?

 

ちがうー(笑)

 

実は、昨年12月に

前のダンス教室の発表会を観に行き

エライ目にあったのです。

 

ストリート系のダンスなのですが

真っ暗な会場に入ると、人だかりができてて

酷い音質の大音量の音楽が

スピーカーから爆裂してました。

 

聴覚過敏のわたしには

耐えがたい空間だったのですが

一旦席を立つと座る席がなくなると思い

次女の出番まではと、我慢を重ねた結果

わたしの耳はおかしくなってしまいました。

 

鼓膜が、脳が

小刻みに震え続けている感じ。

頭ん中が揺れているような感じがしました。

 

発表会の後は、電話の声が

よく聞きとれなくなり焦りました。

 

無意識に、しばらくの間

耳たぶをもんだり、耳を回したり

マッサージして。

 

マッサージの効果のほどはわかりませんが

1カ月くらいたってマシにな

今はやっと元に戻りました。

 

我慢のしどころ、頑張りどころを

間違ったなと反省。

 

無理はいけませんね。

 

自分の心身の健康を守るために

自分の限界ラインがどこにあるのかは

知っておかねば。

イッツ ア スモールワールド

なーんか、つらつらと書いてたら

ナラティブセラピーみたいに

なりました(^^;

よろしければおつき合いください。

 

わたしの生きてきた世界をふり返り

 

自分の生まれた時代や環境に守られて

生まれ育った地元で、顔見知りの中で

イッツ ア スモールワールドで

 

ぬくぬくと生きてきたんだなあ、と。

 

高校受験の厳しさを知らず

また、環境が大きく変化しない

のほほんとした高校生活は

部活に明け暮れて、勉強は

定期テストの時だけ。

 

高校3年生の進路選択では

 

母子家庭の我が家の経済事情を

おもんばかってくれた担任の先生が

働きながら学べる寮のある学校を

勧めてくれたけど・・・

 

高卒で働くなんてわたしには無理。

社会に出ていくのは不安でしかない。

 

地元の4年制大学も受けたけど

あんな勉強の仕方じゃあ

受かるはずないのが今ならわかる。

 

結局、自宅通学できる

社会福祉科のある短大に進学。

 

この短大は、推薦入試だったっけか

受験科目が現国だけで

「こりゃーちょうどいいー」

とばかりに勉強したのは漢字だけ。

 

おまけに、わたしの高校から

進学したのも、わたしだけ。

 

入学すると、初っ端の友達作りや

その後の人間関係で悩みました。

 

また、短大進学の大きな目的は

保母(当時の名称)資格取得なのに

ピアノの授業や練習が、駄目で嫌で。

他の科目も、テストが負担で辛くて。

 

ただもう資格取得のために

何とか単位を取って

どうにか卒業できればいいや

そう思ってました。

 

そして、あっという間に

短大卒業後の就職を考える時期。

 

わたしは、保育実習先の保育園から

就職のお誘いをいただいたのですが

ピアノの練習がついて回ることが

どーしてもどーしても、ネックで

苦手なことにしか気持ちが向けられず

お断りしました。

 

人生のハードル、回避。

 

次に、たしか学校推薦の

地元の障害者施設の採用試験を

受けたのですが、わたしってば

採用通知をもらいながら断ったんです。

 

人生のハードル、踏み倒して回避。

なんでかっていうと

 

そこは、知的障害者の入所施設で

男性寮と女性寮があり、夜勤があります。

ここまでは承知していました、が

 

夜勤は職員1人・・・と聞いたんです。

わたし、心の中で

 

ええー!!こっわー!!

夜中に職員1人で見回りするん?

女性寮も?男性寮も?!

急病とか災害とか、何かあったらどうすんの?

そんなん、無理っ!

 

て思いました。

 

一応、葛藤した記憶あるけど

無理なときの逃げ方、すごいわ。

就職課の先生、ごめんなさいっ。

 

そんなこともありながら

地元の通所型の障害者施設に

就職が決まりましたが

短大卒業も間近になると

社会人になることが不安で

怖かったです。

 

就職を控えた同級生たちも

同じように不安を感じていたのでしょうか。

自分だけが強い不安を感じているように

思ってました。

 

中高と(短大も)同じ部活を続け

とくに高校で厳しい練習に耐え抜いたことが

しいて言えば、自分の自信でした。

 

だけど

 

スモールワールドから世間に出ていく

甘ちゃんの自分を支えるには

不十分でした。

わたしの生きてきた世界

わたしの高校受験のときの話です。

 

小中高と公立の学校に通っていて、普通に

中学校から受験して公立高校に進学しました。

 

ですが

 

世間一般的な高校受験を経験していません。

 

一般的な高校受験に対するわたしのイメージは

 

偏差値を意識する

志望校選びの情報を収集する

滑り止めの高校を決める

行きたい高校に合格するため必死で勉強する

合格して達成感を、不合格で挫折を味わう

 

といったところでしょうか。

 

さて

 

わたしが高校受験を迎えた時代は

住んでいる市の公立高校を受験する制度でした。

生徒の多くは、地元の公立高校に進学します。

市外の私立高校に行く生徒は、ごく少数でした。

公立高校は、小中学校からの同級生がたくさんいて

中学校の延長で、付き合う友達もそう変わりません。

 

しかも

 

市内には公立高校が2校しかなくて、受験校を

個々人の学力に合わせて選ぶとか、なかったです。

どっちの高校が家に近いか、みたいな2択でした。

学力レベルや学校としての特色がない2校に

市内全域の公立中学校から生徒が集まるのです。

 

すると

 

多くの生徒に、いろんな意味で負担が少なく

地元で、公立で、進学できる利点がありますが

入学してくる生徒に、まとまりがなく

国公立大学を目指す生徒から

タバコを吸って退学していく生徒まで

学力や学習態度にも、幅があります。

学校の授業も指導ものんびりしてました。

 

親として長女の高校受験を見守りながら

自分の高校受験を思いだしながら

 

わたしが気づいたのは

 

受験に関して、役に立つ経験や

アドバイスできることなど

 

わたしには何もないということ。

 

自動的に公立高校を進路選択して

振るいにかけられることもなく

厳しい競争にさらされることもなく

何の葛藤もないままに

大した勉強もしないままに

受験をして高校入学を迎えました。

 

長女の高校の入学式に聞いた

 

努力を重ねた末に

目指した目標を達成した

生徒の頑張りに対して

 

労い、讃える、先生の言葉に

 

わたしの知らない世界の存在を感じ

受験の厳しさを知らない自分を

恥じ入るような気持ちになっていました。

 

そして

 

わたしの生きてきた世界をふり返りながら

 

なんて小さな世界で生きてきたんだろうか、と。

自分の生まれ育った場所や時代の背景さえ

よくよく知らないまま、よくよく考えないまま

守られた世界で大人になってしまったのか、と。

そのことに本当に気づいたのが

自分の娘の入学式ですから

その、おめでたさったら、ないわー(-_-;)

わたしの知らない世界

先日、長女が高校の入学式を迎えました。

 

式の後のホームルームで、担任の先生から

これから始まる高校生活のリアルを聞きながら

何だかわたしは、頭がぼうっとしていました。

 

ひとことでいうならば、カルチャーショック。

 

あらためて

わたしの知らない世界の存在を感じ

あらためて

わたしの生きてきた世界をふり返りました。

長女は、地元の進学校に入学。

 

入学式の中でも、ホームルームの時も

先生方が生徒に向けて、くり返し口にされたのは

 

合格を勝ち取り、無事入学を迎えられたことへの

喜びと

○○高校を目指してから今日にいたる頑張りへの

称賛。

 

それから

 

いろんな生徒が混在する公立中学校と違い

学力の高い生徒が集まることで

授業の進度は早く、学習量も多い。

今まで取れていた点数が取れないことがある。

だからと言って自分をだめだと思わないように

予習復習を大切に学校の授業を受けてほしい。

 

これから

 

高校で求められるのは、今までのように

与えられた課題をこなすだけでなく

自分で考え工夫して学ぶ自立した姿勢。

自分の学習方法を見つけて取り組んでほしい。

 

といった、担任の先生のお話を聞いて

そんなこと・・・

最初っからわかってたんだけども

 

話を聞くにつれ、だんだんと

 

「あら(-_-;)大変なとこ、入っちゃったんだ。

勉強についていけるんやろか(◎_◎;)」

 

と心配になっていきました。

 

いやいや、長女はダイジョーブ。

全然わかってないのは、わたし、だけ。

 

娘と母親のわたしを並べて考えることが

そもそもアホやなあと思うのですが

 

子を持つ親として直面したことで

 

わたしが今まで経験していないこと

わたしがまったく考えてこなかったこと

 

に、あらためて気づきました。

 

わたしの高校受験時代にさかのぼります。

流血のキッザニア

娘たちにせがまれて

連れて行ったキッザニアで

ケガをした話(-_-;)

 

連れて行ったのは

長女小1、次女年少の年度末の

春休み。

 

キッザニアというのは

こどものためのレジャー施設。

 

こどもサイズに作られた街で

いろんなお仕事やサービスが体験できて

社会の仕組みが学べるようになっています。

 

娘たちは、デザイナーをしたり

病院やベーカリーなどで働いてました。

仕事をしたら、お給料がもらえます。

 

キッザニアの専用通貨「キッゾ」をもらい

こどもだけで、大人のように

銀行に預金したり、買い物を楽しんだり

できるんです。

 

 

娘たちは

保育園の遠足でキッザニアに来たことがあり

すでに、キッザニアの銀行に預金がありました。

 

預金と当日働いた給料を合わせたお金を使って

買い物するのを楽しみにしていたのです。

 

「いっぱい働いて、いっぱいお給料もらって、いっぱいお買い物するねん」

そう言って、鼻の穴を膨らませていたのは

・・・・・次女。

 

閉店時間ギリギリまで働き、キッゾを握りしめ

お目当てのデパートに行きました。

 

すると

 

店内に買い物客はいるのですが

遅れて入ってくる客を足止めする

立ち入り禁止のロープが掛けられていました。

 

買い物を楽しみにしていた次女が

怒る💢怒る💢

 

買い物できなくなったことが

理解、納得できなくてプンプンだ。

ますます、鼻息があらくなった。

 

「なんで?なんで、入れへんの?」

 

「あのな」

 

と、次女に説明しようとして

腰を落として地面に両膝をついたわたしに

 

怒り狂った次女が

「お買い物したい〜〜〜!!」

と、飛びついてきた。

 

エネルギー有り余る3歳児。

 

弾丸のようなタックルを

1回、2回、3回?

見舞われただろうか。

 

わたしは、その勢いでバランスを崩した。

次女に、押し倒された格好になり

運悪く、真後ろにあった柱に頭を打ちつけた。

 

すぐさま、わたしの背後から

「大丈夫ですか?」

と、声を掛け、ハンカチを差し出してくれる人がいて

「だ、大丈夫です」

と、ひとまず言いつつ、わたしは手を頭に。

 

そして、自分の手を見てびっくり!!

血、血、血だあー!!」

 

あわててキッザニアの救護室に駆け込む。

頭を包帯でぐるぐるにされ止血してもらう。

 

その応急処置をしてもらっている間も

次女は

「買い物したかった〜(泣)」

と、悔しまみれにつぶやく。

 

夫が、さすがに激怒した。

 

痛みに耐えつつ、車で地元へ帰り

家の最寄りの救急外来で処置してもらった。

 

つむじの下に、角柱の90度の角があたり

パックリ2、3センチ裂けてました。

 

男性看護師2人がかりで、頭頂部に

デッカいホッチキスを2針、打ち込まれるはめに。

 

その後の通院の時には

お医者さん(←同じ年頃のこどもがいそうな)に

「キッザニアで一体何が?」

と問診されました(笑)

 

キッザニアの高島屋の前の角柱は、要注意!!

願いを叶える「ノート1ページ書き出し法」の マイルール 2

「ノート1ページ書き出し法」で得られる

気持ちが整理される効果、を期待して

マイルールにしている2つめは・・・

 

願いを書き出す筆記具に

消えるペンを使う、ことです。

 

なぜかというと

 

書き出す願いごとは

自分のことではなく、人のこと。

 

自分ではどうすることもできない

他人事に対して湧いてくる

自分の執着を手放したいので

 

願ったこと自体

忘れてしまった方がいいと思うから。

 

この願い、叶ったかな?

なんて、振り返って執着しないように

さっさと手放すための、消えるペン。

 

忘れた頃に願いは叶っています。

 

たとえ

 

願いごとが叶わなくても

最終的に、その人が幸せになったら

それでいい、それでいいんです。

 

かつて

 

家族や身近な、その人に対して

こうだったら、ああだったらいいのに

と想ってきました。

 

それって

 

まるごとその人を認めていない

その人の持っている力を信じていない

からなんですね。

 

自分の理想とする姿と

その人が違っているから

 

と言って

 

こうだったら(その人は幸せになるだろう)

ああだったら(自分も満足するだろう)

 

なんて

 

自分が求めている幸せの型に

はめこもうとして

 

その人を否定している気がするんです。

 

その人に「こうなってほしい」という

前向きな願いなのに叶わないのは

 

心の隅っこに

 

「今は、こうじゃない」という

その人を否定する気持ちが混じっているから。

 

現状がどうあれ

 

その人の今を、今のその人

「今」を、まるごと受け容れる。

 

と同時に

 

こうなってほしい

ああなってほしいと想う

「今」の自分も受け容れる。

 

だって

 

想っちゃうんだもん、仕方ないやん。

気持ちに罪はありません。

 

ノート1ページいっぱいに書き出して

願い=気持ちを感じ尽くします。

 

感じ尽くすと、自分の気が済みます。

 

気が済んだら、気持ちが手放せます。

 

手放せたら、自分の心に余裕ができます。

 

心に余裕ができたら

その人の長所が見えてきます。

 

長所が見えてきたら

その人の持っている力を信じられます。

 

持っている力を信じられたら

その人の成長や変化を待つことができます。

 

待つことができたら、願いが叶うまで

その人に寄り添い続けることが

できるようになります。

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願いを叶える手帳の使い方を続けてみた実感です。

 

その人、のところを、自分、に置き換えて

読んでみてもいいと思います。

願いを叶える「ノート1ページ書き出し法」の マイルール 1

今もわたしは

願いを叶える手帳の使い方として

「ノート1ページ書き出し法」を

続けています。

 

ノートを書き続けることで得られる

気持ちが整理される効果、を期待して

マイルールにしていることが

2つあります。

 

1つは・・・

 

書き出す願いごとは

自分のことではなく

人のこと、と決めています。

 

なぜか・・・

 

たとえば、今書き出している願いは

友人が人生のパートナーに巡り逢うこと。

 

さて、その友人はといえば

結婚願望はあるけれど

自ら行動は起こしていません。

 

結婚を勧めることは、かえって

友人に負担をかけるんじゃなかろうか

という状況もあります。

 

友人は結婚すれば幸せになるのか?

それは結婚した2人にしかわかりません。

わたしには責任が取れないことです。

 

でも、わたしの心の中には

 

共に人生を歩んでいける最高の伴侶を

見つけて、友人に幸せになってほしい

 

という想いがずっと存在するのです。

 

この想いって

 

たとえ、相手の幸せを願う気持ちから

生まれた想いであっても

自分以外の誰かに、こうなって欲しい

ああなって欲しいと思うのは

 

自分勝手だなあ

 

と感じるようになりました。

 

想いが強過ぎたら

押し付けになりかねないお節介。

ともすれば

友人の今を否定しかねない

危うさを含んでいる気がして。

 

他人のことを

どんなに強く想い続けても

他人のことは

わたしに決められない。

 

他人に持ち続けているけれど

相手に言うことがはばかられる。

感じているのに、やり場がない。

 

そんな気持ちを整理するために

「ノート1ページ書き出し法」

を使うのが、マイルールです。

 

友人に良き伴侶が見つかればいい

と思っているのは、わたしの勝手。

わたしの勝手だから

わたし一人で勝手に願う。

 

願いが叶ったことにして

感謝して満足する。

100日書けば、たいてい気が済む。

 

友人が最高のパートナーと

人生を歩いている、その姿を

確信できるまで書き続ける。

 

根拠なんてなくても

信じられる瞬間がある。

 

自分の気が済めば

 

どうすることもできない他人事

に対して湧いてくる自分の執着を

 

手放すことができる。

しゃぼんだま 手 腕 青空 空 大空 晴れ 快晴 sky 女性 女性の腕 掌 てのひら 手のひら 手の平 光 思い 想い 受け取る ギフト 輝き 夢 未来 指 希望 ハート 気持ち 心 こころ

そんなことを実感しているのです。

受験、頑張れ!!

「応援メッセージ書いて」

と受験生の長女が差し出したのは

高校入試の過去問題集。

 

どうやら近頃は、問題集の表紙に

友達から応援のメッセージを

書いてもらうらしい。

 

長女、試験前に学校を休んだため

友達に書いてもらうチャンスがなく

家族に回してきた。

 

よっしゃ、よっしゃ、書いたるで〜!!

 

母より

次に叩く一回で

その壁は破れるかもしれない。

壁を破れるかどうかは

自分を信じ切れるか

どうかにかかっている!!

伊藤真紗造

(松岡修造さんのカレンダーからのパクリ)

 

父より

長女はちゃんと頑張ってきたで!!

自信を持って戦って、合格を勝ち取ってこい!!

パパだよん

 

次女より

おなかが空いて死にそうになった時は

次女のくつ下のニオイを思いだしてがんばって!!

大好きよ〜!!♡♡(^^)

はなげはなこより♥

 

家族から熱いメッセージ(笑)

「ノート1ページ書き出し法」を続けたら、どうなったか

願いを叶える手帳の使い方として

「ノート1ページ書き出し法」を

100日続けてみました。

 

で?で?

続けたら、どうなったかって?

ですよね〜、聞きたいのは(笑)

 

「我が家の月収を○○万円に増やしたい」

というわたしの願いは・・・

 

叶った、叶った!

叶いましたよ〜!!

 

なんでって!?

 

それは・・・

・・・わたしが再就職したから!!

 

( ̄m ̄〃)ぷぷっー!

 

正確に言うと

○○万円には達してないのですが

たしかに

我が家の月収は増えました。

 

書き出し法を始めた頃には

考えていなかった形で、また

書き出していたことを忘れた頃に

嬉しい結果を得ました。

 

それと

ノートを書き続けることで

自分の気持ちが整理される

という効果を感じています。

 

どんな気持ちを整理したかというと

 

働く自信も勇気も持てずにいた

わたしは、家計の危機を感じて

不安をどんどん大きくしていました。

 

そんな中で始めた

「ノート1ページ書き出し法」で

願いが叶った姿を刻むことで

ネガティブな精神状態から

ポジティブな精神状態に

上書きされていった感じです。

 

ポジティブになれる根拠なんて

どこにもなかったのに

不安は解消されていきました。

 

不安を感じることに費やしていた

心のエネルギーを

願いが叶って感謝するという行動に

使い始めたから。

 

願いが叶うのは「明日」なので

前向きです。

鳥 ワライカワセミ カワセミ 前向き ポジティブ

気づけば

働けないと思っていたわたしが

就職して収入を得ていて

わたしが囚われていた不安は

消えていました。

 

今もわたしは

書き出し法を続けていますが

ノートを書き続けることで

得られる効果を期待して

「ノート1ページ書き出し法」の

マイルールにしていることがあります。

 

それは・・・

願いを叶える手帳の使い方

わたしは、ほぼ日手帳の1日1ページを

「ノート1ページ書き出し法」という

願いを叶える方法に使っています。

ノート エンピツ えんぴつ 鉛筆 白紙 日記 日誌 筆記用具 勉強 宿題 算数 国語 漢字 練習 仕事 用紙 ビジネス 事務用品 文房具 ビジネス用品 机 テーブル 学校 書き方 自習

この方法を知ったのは、確か

当時専業主婦だったわたしが

家計の危機を感じて不安だった時。

 

家計の危機を回避する方法を

広範囲にわたって探していたら

たまたま、どなたかのブログで

「ノート1ページ書き出し法」を

見つけました。

 

だけど、灯台下暗し、とはこのこと。

S先生の著書からの引用でした。

(知らんかったのが恥ずかしい-_-;)

 

「引き寄せノート」

などと言われている方法ですね。

 

「引き寄せ」については

書く人や読む人によって

微妙な違いや誤解が生まれる

分野であり内容だと思っています。

 

なので

わたしが思っていることを

文章で表現するのは

むつかしいと感じるので

 

ここでは

「ノート1ページ書き出し法」を

わたしがどう使っているか

についてだけを書きます。

 

〜「ノート1ページ書き出し法」の使い方〜

 

まず、自分の願い、叶えたいことを

簡潔な言葉にします。

 

願いの書き方で気をつけるのは

「〜したい」という願望ではなく

すでに、叶ったこととして書くこと。

 

最後に、感謝の言葉を添えます。

 

例えば、わたしの場合だと

 

2019年3月3日(日)

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

我が家の月収が○○万円に増えました。

本当にありがとうございました!!

 

という感じで

 

・毎晩寝る前に

・明日の日付の1ページに

・10回(10行)大きく書いて

・100日続けました。

 

 

で?で?

続けたら、どうなったかって?

ですよね〜、聞きたいのは(笑)