ゴールを決めて取り組む大切さ

2月1日販売開始になった

4月始まりのほぼ日手帳を買いました。

 

手帳を前に、今年度を振り返り

来年度以降の計画や目標などを

考えているところです。

 

昨年から、わたしの

初めて不安高まる緊張状態が頻発したり

仕事に関わることで勉強する機会があったり

した中で、深く体感したことがあります。

 

それは

ゴールを決めて取り組む大切さ

です。

 

自分が取り組むことで得る結果

まず、ゴールを決めること。

具体的なゴールを描くのがすごく大切。

 

今年度は

短いスパンでゴールを決めて取り組む

チャンスやアドバイスをいっぱいもらいました。

 

そして

ゴールを自分で決めたから

ゴールに向け取り組んだ結果を

 

素直に受け取れた

プラスに受け取れた

成果を感じられた

失敗も評価できた

 

自己効力感が高まって、少し自信がついてきた

ように感じています。

 

さらに、来年度は

自分の目指すゴールのイメージを

具体化、視覚化、数字化して

達成の度合いも感じられる

目標の設定を思索中です。

 

達成感が倍増するような(^_-)-☆

2019年度が楽しみになってきました。

言葉の力

LGBT当事者から聞いたお話です。

虹 空 自然 自然現象 ダブル 二重 幸運 ラッキー 幸せ 雨上がり

トランスジェンダーで

幼少期から、心と体の性に違和を感じ

悩みが深くなった10代の頃

言葉の力に支えられたと

おっしゃっていました。

 

印象に残ったお話をメモしました。


「あなたに夢はありますか?」

「どうやって夢を叶えていく?」

 

夢を叶えるためには、「吐」くこと。

 

「口」くちへんに

「+」プラスと「−」マイナスを書くと

「吐」くという字になります。

 

「+」プラスの言葉、ポジティブな気持ちも

「−」マイナスの言葉、ネガティブな気持ちも

両方「口」にして吐くこと。

 

そして

「+」プラスの言葉が多くなれば

夢が「叶」っていく。

 

しあわせ「幸」の反対は、つらい「辛」。

 

「幸」の字から、「一」本とると「辛」の字になります。

「辛」に「一」本足せば「幸」になります。

 

辛い人生は、苦難、困難、災難など

「難」のある人生ですが

 

「難」の「無」い

「無難」な人生が本当に幸せなのでしょうか。

 

「難」の「有」る人生は

「有難」い人生、感謝の人生となります。


 

人は、言葉の力に支えられる。

 

ならば、希望のある言葉を口にしよう。

 

だって、言葉そのものが自分だから。

マイノリティの生き辛さ

先月

LGBTの基礎知識を学ぶ場に参加して

当事者のお話を聞く機会がありました。

とてもわかりやすくて良い内容でした。

とくに

わたしの心に残ったことをメモしておきます。

 

性的マイノリティの方を傷つける

周囲からの言葉には

性的マイノリティを表現する

差別用語もありましたが

 

わたしがハッとしたのは

 

何気なく悪気なく

口にする、口にしてきた

「彼女(彼氏)いるの?」

というありきたりな言葉。

 

この言葉に傷つく人がいるのです。

 

なぜなら、この言葉は

恋愛は異性愛が前提であることを意味するから。

 

前提に当てはまらない自分はおかしいのではないか。

普通と違う自分は、受け容れられていないと感じる。

ゆえに、自分を偽ってしまう。

 

自分らしくいられないのは、苦しいことです。

 

他人の持つ前提や普通を

無意識に、強要、押し付けられることが

生き辛さを生むのだと思います。

 

目の前の人に、彼氏(彼女)がいるか聞きたいなら

「恋人はいるの?」

そう聞かれたら答えやすいとおっしゃってました。

 

自分の、前提にしている世界や

自分の、普通だと信じていることを

見直す良い機会でした。

 

自分の世界は、言葉に表れます。

使う言葉に気をつけたいと思います。

LINE@始めたい人は美容液を

長野ゆか先生のLINE@活用セミナー

参加した感想です。

 

整理収納アドバイザーの講座を受講後

オフィスミカサLINE@に登録しました。

 

タイムラインの記事を読んだり

1to1のやりとりをしたり

一登録者として利用してきて

 

つかず離れずの、この距離感が

なんか、いいなあーと感じていました。

 

その後、わたしは

フェイスブックページや

ツイッターを始めたりして

 

SNSによって、特徴や違いがあるんだー、

だからみんな、使い分けてるんだー、

(* ̄- ̄)ふ〜ん

 

と、遅ればせながら知ったのでした。

 

で、ライン@なら、いろんな活動が

ゆるく始められるんじゃなかろうかと

いろいろ思い描いたりするようになって・・・。

 

身近に教えてくださる方がいるんだから

これはまず聞かねば!と思って参加しました。

 

セミナー参加後に

じわじわじわじわ感じたのは

体験や経験に基づいた情報って価値が高いなあ

ということ。

 

インターネットを利用しても

欲しい情報をあちこち探し回るのってかなり大変。

すごい時間と労力を消費すると思うんです。

 

それが、たった2時間で

必要な情報、求めてる情報が得られるって

すごいことです。

 

しかも、始めて4年で

ライン@登録者が900人超えした

運用のノウハウが聞けるなんて!

 

行動に無駄がなくなる!

「先人に学ぶ」とはこういうことか。

 

え? 先人の意味が違う?

 

やり直し。
 

「まるで、良い成分をぎゅっと詰め込んだ

オールインワン美容液のようなセミナーでした(#^^#)」

心の振れ幅も、人生最大

32歳の2月4日朝、乳ガンと告知されて

同時に、自分の見ている周りの景色に

色がなくなったような気がしました。

 

「どうしよう、わたし・・・」

「これから、どうなるんだろう・・・」

 

かつて感じたことのない大きな不安を抱えながら

バスに乗って、バイト先の飲食店に向かいました。

 

「ガン」「死」という言葉が、頭の中に浮かびます。

テーブルを拭きながら、じわじわと涙がにじんできます。

「わたし、死ぬのかな」

そう思うと涙がこぼれそうになります。

ぐっと涙をこらえて、テーブルを拭き始めると

「やっぱりガンだった・・・わたし・・・」

また、目が潤んできます。

「今すぐじゃないけど、わたし死ぬのかもしれない・・・」

周りに気づかれないように、目頭をおさえます。

 

仕事をしながら、こんなことをくり返していました。

 

ところが、半日ほどたって、ふと気がつきました。

ん? ちょ、ちょっと、落ち着け。

 

「今すぐじゃないけど、わたし死ぬのかもしれない・・・」

って、今悩んでるけど、それ当たり前やん!

 

死ぬのは、生まれた時から決まってる。

これほど確かなことはない。

そのことを知ってても

死ぬかもしれないと心配したことはない。

いつ死ぬかなんてわからない。

なんで死ぬかもわからない。

事故で死ぬかも、地震で死ぬかも

ガンになったらからと言って

ガンで死ぬとは限らない。

自分だけが死ぬわけでもない。

 

「いつか死ぬ」という当たり前のことを

「死ぬかもしれない」と悩むことが

突然に、ひじょーに、アホらしくなりました。

 

憑き物が落ちたように正気に戻った感じで

そのあとは、前向きに悩めるようになりました。

 

この時、32歳、独身、人生最大のピンチ

だと思っていましたが

心の振れ幅も、人生最大だったかもしれません。

32歳、独身、乳がん

精密検査をしに行った乳がんの専門病院で

「胸を全部取らないといけない」

そう言われて、わたしの心に

重苦しさがのしかかってきました。

雲 暗い 渦 動く 悪天 嵐 激しい ダイナミック 混乱 混沌 混じる 空 曇天 暗雲 雲行き 不安 動揺 揺らぎ 悲しみ ネガティブ

と言いつつ、実は

12月の集団検診で要精密検査と言われた時から

手術の準備を始めていました。

 

スイミングのバイトは、1月末で辞めて

2月からは、飲食店でバイトすることが

決まっていました。

 

地元のスイミングスクールなので

知人もいて、本当の話がしにくいのと

仕事柄、手術したら働けないだろう

と、思いました。

 

2月から始めるバイトなら

人間関係が出来る前に

仕事であてにされる前に

要らぬ気を使わずに辞められる

と、思いました。

 

で、実際その通りになりました。

 

2月2日  飲食店のバイト初出勤

2月4日  細胞診の診察結果を院長に聞くため

      午前8時30分に病院に行き、その後出勤

2月5日  事情を説明してバイトを辞める

 

日記に、2月4日のことを次のように記しています。


朝一番に受診。院長より「乳ガン」告知。

乳房は全部とらないといけない。

手術は、ここでもよそでもいいけれど、早く決めなさい。

自分の症状、治療について

詳しく聞こうと心づもりしていたが

「ガン」という言葉は、やはりショックで

事実を受けとめるだけで精一杯だった。

相談したい人もいるので、その場で手術のことは決めず

飲食店へバイトに行く。目がうるんでくる。

バイト中もボッーとし、周りに人がいないと涙がにじんくる。

今すぐじゃなくても「死ぬのかな」と死を考える。


 

「胸を全部取らないといけない」というのは

「乳ガンです」と言われたのと、同じことなのですが

はっきり「聞く」と「聞かない」のでは、雲泥の差。

 

「ガン」だと、言葉にして聞いた時の

ショックと動揺は、かなりのものでした。

質問しようと思ってたことは

何ひとつ聞けませんでした。

 

2月5日には、男性の人事担当者を前に

昨日乳がんの告知を受け、近々入院手術をするため

辞めさせていただきたいと、泣きながら話ました。

 

はっきりと口に出して伝えなければならないのは

苦しかったけれど、親しい人ではないから

言えたし泣けたんだと思っています。

32歳、独身、人生最大のピンチ

年が明けたら、春の準備が始まる。

 

1月2月は変化を迎える時期

なのかもしれませんね。

 

32歳のわたしは、今のこの時期に

人生最大のピンチに見舞われていました。

 

昨年12月に受けた

集団検診で要精密検査と言われ

専門病院への紹介状をもらいました。

 

わたしと、もう一人紹介状を渡された

50代くらいの女性がいて、二人して

無言で目を見合わせていました。

 

これから、互いに迎えるであろう

共通の未来に対する、その不安を

見ず知らずの二人が共有していました。

 

年が明けて、1月30日

紹介状を持って、専門病院に行きました。

 

検診から1カ月以上もたっているのは

親の扶養に入る手続きが必要だったから。

 

約4年間働いた病院の

院内保育所が閉鎖されるのを機に

昨年3月末に退職して

健康保険に入らないまま

地元のスイミングスクールで

インストラクターのアルバイトを

していました。

 

しかしながら

「ただではすまない」

ことがわかっていたので

母親の扶養に入って

健康保険が使えるようにしたのです。

 

1月30日、紹介状を持って

乳がんの専門病院に行きました。

 

視診、触診、マンモグラフィーの結果

かなり疑わしいと、細胞診を受けました。

 

当日の担当医からは

「来週水曜の院長の診察時間に結果を聞きに来るように」

と言われました。

 

担当医は

「手術が必要です」

わたしが

「手術とは?」と聞き返すと

 

「胸を全部取らないといけない」

そう、言いました。

仕事を辞める決意をする

生きている実感を求めていたわたしは

当時、障がい者施設の職員でした。

 

23歳のわたしが書いた文章は

その施設の加盟していた団体の

会報誌に載せた記事。

各施設の会報誌の担当者が持ち回りで

記事を書くことになっていて、年明けに

わたしの番が回ってきたのでした。

 

施設に就職して3年目だった

わたしは、この記事を書きながら

仕事を辞める決意を固めていました。

 

そう、文中の

「自分の実力も顧みず、一番高い山まで登った。

今まで滑ったことのないおそろしく急な斜面。

でも、思い切って一歩踏み出してみることにする。」

 

これは、仕事を辞めることを意味していたのです。

 

人間関係や職場環境などはよかったのですが

仕事の、現実と理想のギャップ・・・

自分自身の、現実と理想のギャップ・・・

そのギャップを埋められませんでした。

 

違和感を抱えながら、その場所に居続ける

という選択が、わたしにはできませんでした。

 

この会報誌が職場に配られ

一つ上の先輩女性がわたしの文章を読んで

「へーーえーー、そんな急斜面、滑れるんやーー、すごいなー」

と言いました。

 

職場の誰にも、相談していなかったので

わたしの文章が、仕事を辞める意味だなんて

考えもしなかったと思うのですが

 

先輩女性のやっかみを含んだ言葉に

「自慢したかったわけじゃないのに・・・」

と、ちょっと心が寂しくなりました。

 

春を迎えるための準備期間

1月2月をへて、わたしは施設をやめて

スイミングスクールに転職しました。

また、転職や仕事にまつわることも

書きたいなと思っています。

 

そしてもうひとつ

32歳のわたしは、変化を迎える時期

人生最大のピンチを迎えていました。

生きている実感

「家売るオンナの逆襲」の第1話

↑ 音声に注意!

炎上系YouTuberにくまる(加藤諒)が

世間の批判を浴びることに疲れ

穏やかな暮らしができる家を

留守堂謙治(松田翔太)から 買います。

 

しかしその暮らしは

にくまるの本来の姿ではないとして

三軒家万智(北川景子)は

 

「戦場カメラマンが命の危険を承知で

戦場に向かうのも、常に命の瀬戸際に

いないと生きている気がしないからです。

 

クライマーが遭難の危機を物ともせず

エベレストの頂上を目指すのも

生と死の境いに立っていないと

人生が充実しないからです。

 

にくまる様、あなたも同じです」

 

と言って

にくまるにピッタリの家を売ります。

 

サンチーの

「常に命の瀬戸際にいないと

生きている気がしない」

という言葉に、わたしは

23歳のわたしに引き戻されました。

 

当時、スキーが好きで楽しくて

休みのたびに出かけていました。

 

23歳のわたしの文章で、スキーを

「面白いこと」と表現しているのは

大自然の中で滑っていると

思考より感覚が優位になってくる

その、感じ、を味わっていたのでは

ないかと思います。

 

誘われるまま、リフトで1番上まで行くと

想像以上の急斜面を前に、身震いします。

 

・・・こけたらどうなるんだろう・・・

 

心も震え、心底、怖さやおそれを感じた時

「ああ、わたし、生きてる・・・」

そう思うことができました。

 

自分の気持ちを感じるままに感じないまま

感情を抑え、無表情な日々を過ごしてきて

斜面でこけ、顔がゆがむような痛みに

自分が生きていることを実感するのです。

 

だから

「戦場カメラマンがー」のくだりが

自分のことのように思いだされたのでした。

23歳のわたし

「家売るオンナの逆襲」の第1話

 ↑ 音声に注意!

YouTuberにくまる(加藤諒)に

三軒家万智(北川景子)が家を売ります。

 

その時の

サンチーこと三軒家万智の

セリフで思い出したのが・・・

 

23歳のわたしが、この時期に書いた文章。

こちら↓

 


スキーシーズン到来!

待っていましたとばかりに

新年早々スキーに出かける。

 

スキーならずとも

日常から離れることが出来る

旅行が私は好きだ。

慣れたもので、

すっきりと軽く荷物をまとめた。

 

スキーは高校の時から始めて、

腕前の方は大したことはないが、

人間、好きなこと、面白いことは

続けられるようだ。

 

何が面白いって、

自分自身が無になれる瞬間が持てるから。

自分の中の迷いやこだわりをかき消すように、

どんどん景色は流れていく。

 

見えるのは前だけ。

険しい斜面に向かい、尻込みしていては、

考えているだけでは前には進めない。

 

この斜面を滑り降りることが

出来るのは自分自身なのだ、

そう思うと胸がわくわくしてくる。

 

ふと、もしかしてこれが

「生きている実感」

ではないだろうかと思ってしまう。

スキーにしかそんなものが得られない私は、

あまりにも低俗なのでしょうか。

 

けれども、案外、

「生きている」ってことは

ささいなことから感じられる

ものではないだろうか。

 

日々の生活に流されて

生きていることが当たり前になって

心が何も感じなくなる……

これ程怖いことはありません。

 

自分の実力も顧みず、一番高い山まで登った。

今まで滑ったことのないおそろしく急な斜面。

でも、思い切って一歩踏み出してみることにする。


 

自分が文章を書いた時に感じた気持ちと

サンチーがにくまるに語り掛けた言葉が

ダブって、当時を思い出しました。

 

23歳のわたしは

生きている実感を求めていました。