気持ちのいいお金の使い方

私は亡くなった夫の祖父が好きでした。

 

長女がまだ幼い頃、急に夫が

働きながら学校に行くことになり

その学費をおじいちゃんに

借りたことがありました。

孫からの借金の申し入れに

おじいちゃんは快く応じてくれました。

 

おじいちゃんの家に行く時には

少しづつ貯めたお金を封筒に入れて

手渡しで返済していました。

 

封筒には

借りた日付と金額が書かれていて

借金を返済すると、おじいちゃんは

返した日付を書き入れ

受け取りのハンコを押した封筒に

残りの金額を書いて返してくれました。

 

ごく当たり前のことかもしれませんが

 

相手が孫であっても、貸したお金は

ちゃんと返してもらう、返させる。

けじめをつける、つけさせる。

だけど?だから?

けして、貸し与えたことを恩に着せない。

 

この、お金に対する姿勢に

おじいちゃんの愛を感じました。

 

おじいちゃんをお手本にして

人が喜ぶ、人を幸せにする

気持ちのいいお金の使い方を

したいと思いました。

 

 

私には、いわゆる

「お金のメンタルブロック」

がかかっていました。

 

私には、お金に対して

 

罪悪感を感じさせるもの

恩を着せられるもの

 

という否定的なイメージが

刷り込まれていて、長い間

お金に嫌悪感を感じていたので

お金が寄ってきてくれませんでしたね。

 

今はまだ、お金のお友達は

少ないですけど・・・^^;

 

母との関係で悩み苦しんだ中で

気付きと意識の変化があり

お金に対する気持ちが

変わりました。

 

お金には愛がこもっていると

思えるようになりました。

おじいちゃん伝説

夫の実家に行くと

一家の語り草になっている

亡くなった祖父のエピソードが

娘である義母から語られます。

 

そのひとつ、海外編。

 

40年くらい前でしょうか。

ヨーロッパに海外赴任した

娘家族を訪ねるために

飛行機に乗った

おじいちゃんとおばあちゃん。

 

ひとおじしないおじいちゃんは

トイレに立つたび、山口弁で

「あんたは、どこまで行くんかね?」

日本人乗客に話しかけて

乗客の職業や渡航の目的や

名前やらを聞き出したそうな。

 

到着までの20時間ほどのフライト時間で

乗客のほぼ全員の(盛りすぎ?)

個人情報を調べ上げた(笑)という話。

 

人の警戒心や緊張をとかしてしまう

人懐っこいキャラなんです。

 

もうひとつ。

 

ヨーロッパ観光で

娘夫婦とドイツのケルン大聖堂に行ったら

そこでも

日本人を見かけるたびに

声をかけ始めたおじいちゃん。

当時、ヨーロッパで日本人に合うのは

珍しかったから。

 

おじいちゃん

「あんたはー、ケルンにおるん?」って

声をかけたんだって。

 

これ、マジらしい。

生き金を使うとは

夫の祖父が

93歳で亡くなるまで

毎年お盆の時期は

おじいちゃんの家に

娘や息子の家族が集まる

恒例行事がありました。

 

みんなで夕飯を食べ終えたら

夏祭りに出掛けます。

 

おじいちゃんはいつも

ひ孫である私の娘たちに

おこづかいを渡してくれました。

 

おじいちゃんは

毎年の恒例行事や

人生の節目の行事で

子や孫、ひ孫が集まるのを

楽しみにしてくれていたんだな

と思います。

 

しかもしかも、

 

自分の卒寿祝いの会を

自ら主催する90歳って

すごくないですか?

 

開催予定日を決めて

子どもや孫に連絡をして

スケジュールを調整して

会場の案内をFAXで

各々に送ってたんですよ。

 

しかもしかも、

 

そのお祝いの席では

おじいちゃんが選んだ記念品が

贈られるだけでなく

おじいちゃんからご祝儀があるのです。

出席者全員に。

幼いひ孫に至るまで。

もれなく。

 

もちろん、

子や孫からもお金を出し合って

おじいちゃんやおばあちゃんに

お祝いの品を贈っているんだけど

それ以上になって返ってくる。

 

おじいちゃんが身内の集まる機会を

とても大切にしていることを感じ

また

その会に出席する身内のひとりとして

私も大切にされていると感じていました。

 

私は

気持ちのいいお金の使い方を

おじいちゃんから学びました。

フェイスブックページ始めました

元祖割れせんの謎

お土産に買ってきた割れせん。

袋の文字が家族で話題に。

注目!!

 ↓

 

元祖割れせんは

手間をかけて割っているのか?

という謎が浮上。

 

この字

「割」った、のか?

「創」った、のか?

現物だと判別できない。

 

しかーし、長女が謎を解いた!

 

せんべいの割れ目に、まんべんなく

自慢のたれが染み込んでいる。

 

ということは

元祖割れせんは

手間をかけて割った、せんべい。

 

けして見た目の悪い

B級品じゃないってことですか。

 

これで私もあなたもせんべい通!

 

ホンマかな〜笑

夏の餃子物語

私が焼いた餃子を、長女が食べていると

横から次女が、1個ちょうだいと箸を伸ばした。

 

長女

「さんざん食べたくせにー!!」

 

次女

「さんざんじゃないしー」

「しかも、次女、自分で作ったしー」

「長女は、人に全部作ってもらって食べてるだけやん」

 

長女

「・・・」

 

次女

「しょうゆかけて食ってるだけやん」

 

長女

「何も言えない、悲しい〜(泣)」

 

家庭料理技能検定4級の次女に

図星を指されました。

亡くなった祖父からの招待

夫の祖父は

93歳で亡くなりました。

 

おじいちゃんはこの年齢にして

革新的というか型破りというか

あんまりいないタイプだったと思います。

 

おじいちゃんを偲ぶ法事は

亡くなったおじいちゃんからの招待。

 

法事に出席する時って香典として

現金を包んで持参するのが

まあ一般的ですよね。

 

夫のおじいちゃんは

葬式代はもとより

先々の法事の段取りまでして

お金を遺しているとのこと。

 

お葬式代を遺して亡くなる話は

聞いたことがありますが

ここまでしている人の話は

聞いたことがない。

 

私が知らないだけかな?

あなたの周りではどうですか?

 

本当に香典が不要なのか

念のため

夫からお義母さんに

確認の電話をしてもらったら

 

「要らないって言ったでしょ」

「普通じゃないのよっ、普通じゃ!!」

 

お義母さんが叫んだのが聞こえた。

電話を切った夫に

 

私「ホッとしたわ」

 

夫「確認しといて安心したか」

 

私「ちゃうねん、”普通じゃないのよっ”

ていう言葉にメチャクチャ安心してん。

ここでは普通じゃなくてもいいんやと

思えてホッとする(笑)」

 

夫「え!ソコ?!」

 

私の身内では考えられないことが

けっこう

夫の実家や親戚では起こるのですが

なぜか、私には心地よいのです。

 

亡くなったおじいちゃんからの招待で

お料理をいただきながら

おじいちゃんを偲んできました。

 

靴との出逢い

春に

ぷらっと立ち寄った店で見つけ

試着していいなと思ったけれど

今は必要ないと思って買わなかった。

 

そして夏

同じ街に再び訪れる機会があり

その店をのぞくとまだ残ってた。

私を待っていたみたいに。

 

今回は即決で連れて帰りました。

モノとのこんな出逢いに心躍ります。

 

履き心地のいい靴って

探しても見つからなくて

偶然出逢うことが多いような。

 

自分の直感が

研ぎ澄まされてきたようで

何だか嬉しい。

 

家に帰ったら

新しいモノを取り入れ変化した

自分の今の気分に合わない

古い靴を2足処分しました。

 

履き心地のいい靴があると

  ↓

  安心感がある

  ↓

  履きたくなる

  ↓

  出掛けたくなる

  ↓

  心が外向きになる

  ↓

  新しい出逢いがある

  ↓

  何かが始まる

  ↓

人生が変わるキッカケになる

 

ような気がします。

 

<人生に必要だなあと思うモノ>

どこまでもどこまでも歩いていけそうな軽い靴。

寄り添うように足裏にぴったりフィットする靴。

最近買った靴です。履き心地バツグン!

http://rakuni.me/product-category/berniemev/

ネイビーのメッシュ

 

 

 

特性に合った仕事

春に参加した

「大人の発達障害」の講座のメモ その2

 

発達障害の特性や症状には

 

時間感覚がないとか

感覚過敏または鈍感

応用や手抜きが苦手

極端に不器用

抽象的で曖昧なことの理解が苦手

興味の幅が狭いが

興味のあることには集中する

 

などがある。

 

発達障害の特性や症状は、

強弱や多少の違いはあっても

誰もが持っている。

 

発達障害かどうかの診断ができるのは

医師のみ。

 

特性や症状や問題について

どの程度

本人や家族が困っているのか

生活に支障が出ているのか

頻度や強度、期間、本人や家族の意識など

ポイントを押さえて情報収集する。

 

切羽詰まった感じがないと

なんだかしんどいなあで

発達障害に気づかないまま

生きていくことになる。

 

人間関係や環境に恵まれて

自分の特性にあった仕事があれば

発達障害に気づかないまま

社会に適応して生きていける。

 


 

本当にありがたいことに

はからずして得た今の職場や

受話器の声に集中できる傾聴の仕事は

私に合っていると思います。

 

聴覚過敏について知ったことで

歴史上の人物の伝説が

リアルに感じられるようになったわ。

彼ならこんなお仕事がいいんじゃない?

 

不思議な体験

私が聴覚過敏だとすると

過去現在のいろんなことに合点がいきます。

 

そのひとつに

不思議な体験があります。

 

自分のことを

理解してくれている人がいると感じた

今も大切にしている思い出です。

 

高校時代、部活の試合が体育館で行われました。

多くのチームが集まる大きな大会です。

 

締め切られた体育館の中は

ベンチやギャラリーからの応援の声

コートの選手の掛け声

ボールを打つ音

審判の笛の音

いろんな音がひしめき合っていました。

 

そんな中、試合に出ていた私に

サーブの順番が回ってきました。

 

1回め、安全にサーブを入れました。

試合の流れは私のチームが優勢。

2回め、いつも弱気な私が勇気を出して

攻めのサーブを打とうと構えました。

 

ところが、残念。

ネットにひっかかり、サーブミス。

 

ベンチの士気が下がった反応が

目に入りました。

歓声と喚声が響きわたり

ベンチの声はコートに届きません。

 

なのに、聞こえるはずのない声が

私の耳に飛び込んできたのです。

 

「あれは、強気で打ったからいいんだ」

 

スコアをつけているマネージャに

監督が話しかけていました。

 

試合のさなか

声の届かない離れた場所にいて

説明したわけでもない私の気持ちを

監督はわかってくれているんだ。

 

自分の気持ちを理解されたという

実感のないまま育った私にとって

本当に心の支えとなった体験でした。

 

 

聴覚過敏だから

聞こえてきたとも言えるし

心が求めていた言葉だから

聞こえてきたとも言えるでしょう。